My Turn

□Non-Communications
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Non-Communications

(1)コタロー<1P〜4P>
(2)ピアニッシモ<5p〜8P>
(3)スマッシュ<9P〜12P>
(4)アユミ<13P〜16P>
(5)アキラ<17P〜20P>


†(3)スマッシュ †


 彼の特等席はベッドの上、大きな枕の右横である。そこは毎朝決まった時間にベルを鳴らす置き時計の指定場所でもあった。だが、彼はいつもそこにいて一番近くで騒音とも言える目覚ましの音を聞き続けている。
 左手には小さな黄色いボールを持ち、右手には小さなラケットを握り、水色のスポーツウェアを着た彼は、ベッドの背もたれに寄りかかり微動だにせず座っている。

 部屋は静まり返っている。

 彼のすぐ横にある時計の針が秒単位でチクタクと音を奏でているだけで、他の音は存在すらしていなかった。
 動かない彼はただ円(つぶ)らな瞳で真っ直ぐ前を見据えているだけで、部屋の中が段々と暗くなっていくのを待っているようだった。

「バタン」
 何の前触れもなく突然部屋の扉が開き、女が一人室内に入ってきた。壁伝いに部屋の隅を歩き、壁に背を預けて薄暗い天井を見上げる。
 女が電気のスイッチに触ると淡い光が部屋中に満ちた。
 彼の小さくて黒い目の中に反射した輝きが丸く映る。

 ゆっくりとした足取りで広くはない部屋を横切り、女はコーヒーカップと四角い灰皿ののった丸いガラステーブルを跨いだ。

「ドサッ」
 ベッドの上に仰向けで体を投げ出した女は、両腕を伸ばして体をくねらせ、シングルサイズの布団にシワを付けた。

 静かだった。女の規則的な呼吸と時計の秒針の音が重なり合って、響いている。
 彼はというと、動くこともなく、音も発せず、いつもの特等席にただ座っていた。女の重さにベッドが軋んだせいで尻の位置が変わり、彼の体は少しだけ傾いていた。
 無造作に伸ばされた腕が彼の目の前にまで迫ってきたが、寸でのところでピタと止まり、スライドして隣に位置する枕を捉えた。女は億劫そうに枕を手繰り寄せ、そこに顔を埋めた。
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