My Turn
□Non-Communications
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Non-Communications
(1)コタロー<1P〜4P>
(2)ピアニッシモ<5p〜8P>
(3)スマッシュ<9P〜12P>
(4)アユミ<13P〜16P>
(5)アキラ<17P〜20P>
†(2)ピアニッシモ †
飛び出た目玉は視点が合っているようには見えず、ただその彼女だけの世界を視界に入れるためだけにキョロキョロと動いているようだった。
透き通った水の中、膨らみのある腹を器用に動かし、彼女はガラスの壁に少し突き出ている下あごをぶつけた。
コンという音が水槽に響いたのだから、痛覚があれば痛みを発するはずだが、彼女は気にすることもなく繰り返しあごをガラスに当て続ける。
「ああ、もう無理だっつーの!」
男の声は部屋中に広がった。
玄関の扉を開けてすぐ投げた鞄を足で蹴飛ばし、男は飼っている淡水魚のいる水槽に向かう。
「ただいま。今日も最悪だったよ」
青く輝く鱗が水の中で揺れて光る。男は軽く水槽を小突くと、緩めていたネクタイを外した。
今日も最悪だった。一件も契約が結べなかった。
他の営業マンたちはどんどんと契約数を伸ばしているというのに、男の名の貼られたグラフ表には伸び悩んだ横棒しか引かれていなかった。
ため息をつきながら蛍光灯の光る水槽の中を覗くと、淡水魚がコンコンとガラスの壁にあごをぶつけていた。
「腹が減ったか。今あげるよ」
彼女の腹はほんのりと赤く、開けた口からは小さな体に似合わず鋭利な歯が見えている。