世界一初恋

□逢いたいが情、見たいが病
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「編集長!もう聞きましたか?」
慌ただしく加藤が編集部に戻ってきて桐嶋にまくし立てる。
「なに?どの仕事の話だ?なんか予定変更になったのか?」
「違いますよ!横澤さんの事ですよ・・・ なんか、今度出来る海外支社にうちから赴任される
社員の候補の一人に挙がってるそうですよ」
「・・・は?」

・・・なんだ? その話は・・・ 初耳なんだが・・・

「まだ、候補の段階らしいですけど 支社長を任される総務の佐藤部長が横澤さんをえらく押しているらしいですよ
・・・横澤さんに営業担当が変わったコミックス、せっかく売り上げが伸びてるのに納得できないですよ」

あまり慌てた態度を取るのも怪しまれそうだが、それどころではない事態だ
「ちょっと席外す・・・ なんかあったら携帯に掛けて」

桐嶋は横澤に話を聞くべく営業部に向かう足を速めた。

・・・まったく横澤の奴 なんでこんな事まで相談してくれないんだ・・
たしかに、ここ最近ちょっと考えこんでいる気がしていたんだが
相談もないし、仕事関係だと口を挟まれたくはないかと思って様子を見ていたが
変に気を使わずに聞き出しておけば良かった・・・
この手の話は決定になってしまったら、もう覆すのは至難の技だ・・・

内心、動揺しつつ表には出さないように営業部に向かう足を更に速める。
途中に横澤本人より状況に詳しそうの人を幸運にも発見する事が出来た。

「井坂さん!」
「ん? おっ桐嶋!なんだなんだ?」
挨拶もそこそこに、桐嶋はとにかく状況確認をする。
「今度、出来る海外支社の件ですが、横澤が候補に挙がってるって本当なんですか?」
「ああ・・・ その話か・・・ うん、まあ確かに名前が挙がってるよ・・・
佐藤さんが、どうしてもって引いてくれないんだよ 営業は現地の状況が詳しい人が適任って
すでに引き抜いてる奴が数人決まってるから横澤が行っても営業職じゃなくなるのに・・・
でもまあ、佐藤さんの気持ちも解るけど 横澤ならどんな仕事でも熱心にしてくれそうだし、
英語もペラペラだし、なにより外人相手でも気後れせずにこっちの意見をきちんと通してくれそうだし・・・
だけど、営業部長が猛反対してるから・・・どうなるかはまだ解らん」
「俺も反対ですよ 前任者から営業担当が横澤に変わったコミックスは売り上げがどの本も伸びているし
正直、このご時勢に売り上げに直結する優秀な営業社員に他の仕事をさせるってどうかと思いますね」

その時、唐突に会話に割り込んで来た奴がいた。
「俺もそう思いますね ・・・しかも他の奴でも変わりが効きそうそうな理由で
連れて行きたいなんて冗談じゃないですよ」
「ん? 高野・・・ お前どこから・・・」
「ちょうどその件で井坂さんの事を探していたんですよ
あいつ以上にウチのコミックスの売り上げに貢献してくれている営業はいないですからね」
「うん まあそうだよな・・・俺も正直な所、横澤はこっちに残しておきたいんだよ・・・
将来的にあいつは本社の営業で中心になって欲しい人材だし・・・
まあ、佐藤さんには社内きっての敏腕編集長二人が猛反対してるって伝えておくよ・・・
お前らが反対するってなら説得力があるしな」

井坂さんも乗気じゃなくて、営業部長に俺と高野が猛反対してるなら
この話は恐らく立ち消えると思うが・・・
・・・それでも、横澤に会って一言でも言っておきたい
仕事の事で俺が口添えするのに抵抗があるんだろうが、こんな事態の時くらい頼ってほしい・・・
実際、きっと本人は断っていたんだろうに話が消えていないし・・・
とにかくモタモタして本決まりになる前に井坂さんと話せて本当に良かった・・・

桐嶋は横澤に会いに営業部に向かおうとした所、高野に声をかけられる。
「桐嶋さん まだ時間に余裕があるなら一緒に一応佐藤さんの所にいきませんか?
念のため 一言いって釘刺しておきたいんで・・・」
「ああ ・・・そうだな それにしても熱心だな高野・・・あまり他人の事に口出すタイプだと思わなかった」
「え? まあそうですね・・・あいつは親友で他人じゃないんで・・・
それに実際、あいつ以上に頼れる営業はいないですし 今まで、数え切れないくらい世話になってるんで
少しでも借りを返すチャンスなんで それにあいつが今回の事は望んでいない事態だって事くらい解りますしね・・・
・・・でも、桐嶋さんもそうでしょ? 横澤と仲が良いってエメ編でも話題に上がってますよ」

穏やかに横澤の話をする高野に軽い嫉妬を覚える・・・

・・・こいつの事は内面まで良く知らないが、横澤の話をする時・・ こんな表情するんだな・・・

自分の嫉妬する心を高野に気づかせない様に・・・
また気づかせない自信もある・・・

桐嶋は、その後高野と二人で総務に向かい佐藤に横澤の事で自分達の意見を言っておいた。
佐藤の諦めた様な物言いに、この件はこれで終わりだと確信し、
きっと今でも悩み続けているであろう横澤の元に少しでも早く今回の顛末を話してやり
安心させて笑い話にしてやりたかった
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