ひとりぼっちのお姫様。

□さまーばけーしょんっ!!
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電車とバスを乗り継いで、バス停からは徒歩で。

茹だるような暑さを我慢しながら進んでいくと、小太郎が目を輝かせて走り出した。

その後ろからアンナも必死に追いつこうとしている。

坂道を登りきった先に見えた景色に息をのみ、勢いよく飛び上がりながら叫んだ。


   『海だ―――――ッッ!!!!』


       ――さまーばけーしょんっ!!


小太郎「おにーちゃんおねーちゃん海――っ!!!」

 美咲「はいはい。」

みちる「そこ、左に下ったとこだから。先に行ってもいいよー。」

小太郎「アンナ、満月、行こう!!」

 満月『うんっ!!』

アンナ「先に行くっ…!!」


普段はあまり表情を出さないアンナも目を輝かせ、荷物を放っておいて走っていった。

その様子に笑みをこぼすメンバーは視界いっぱいに広がった海に歓声を上げた。

日傘をくるくると回しながら歩くみちるは嬉しそうにそれを眺めている。


 出雲「みちるちゃん、ありがとうな。」

みちる「んー、迷惑かけたお詫びだから。気にしないで。」

 美咲「こんくらいしか出来ないけど、とりあえずそれで勘弁してください。」

 出雲「いや、こんな良いもん貰ってしもて困っとるよ。」

みちる「じゃあ良かった。」


ふわりと優しい笑みを浮かべた彼女は前を向いて歩き始めた。

荷物を3人分持っている美咲もそれに続き、見えてきた建物を指した。

別荘というよりはコテージといった素朴な印象を受ける建物を見上げ、荷物を引っ張りながら近づいていった。

扉の前でじゃれていた2人と1匹は置いていった荷物を受け取って誤魔化すように笑っていた。

日傘を閉じたみちるがドアノブを3回鳴らし一歩下がったところで扉が開いた。

中から出てきたのは黒い短髪に切れ長の瞳、執事の服を着た青年だった。


 晴斗「おはようございます、お嬢様。」

みちる「ごきげんよう、晴斗。」

 晴斗「……元気そうだな。体調は?」

みちる「良い方。友達。」

 美咲「ども。」

小太郎「晴斗さんこんにちはー。」

 晴斗「二人とも久しぶり。とりあえず、中へどうぞ。」


初めは礼儀正しく挨拶を交わした青年とみちるだったが、すぐに気楽な口調で話し始めた。

どうやら美咲と小太郎とも面識があるようだ。

中へ案内されたメンバーは先に部屋に案内された。

二人部屋だったのでいつものメンツで固まり、広間に降りてきた。

そこで冷たい麦茶とお茶菓子を振舞った青年は軽く自己紹介を済ませた。


 晴斗「初めまして、南雲晴斗と申します。春には父がお世話になったようで。」

 出雲「あぁ、南雲はんの!!これはどうもご丁寧に…。」

 晴斗「滞在中で困ったことがありましたら何でもお申し付けください。」

みちる「じゃあ晴斗、夏を終わらせて。」

 晴斗「お嬢様、それは人間の力では無理です。それに私はストレインでもありません。」

みちる「ちっ…。」


無表情で返される回答に面白くないと呟いてみちるは部屋に引きこもった。

その後は諸注意と電気や浴室の使い方を簡単に説明され、解散となった。

うずうずとしていたメンバーは早速水着とタオルを持って飛び出した。

別荘の庭から直接海に続く階段を下り、白い砂浜と青い海に奇声をあげる。

いざ遊ぼうと辺りを見回したメンバーだが砂浜の様子を見て首をかしげた。

海の家も他の観光客も、何もないのだ。

パラソルとビニルシートを持ってきた晴斗に問いかけると、何でもない事の様に言われた。


 赤城「晴斗さーん、ここ海の家ないのー?」

 晴斗「あぁ、ここは椿家のプライベートビーチなんですよ。」

 全員『………は?』

 晴斗「簡単に言えば私有地です。普通に入ったら罰金取られます。」

 千歳「えっとー…じゃあ、俺らはお金持ちの私有地をただで使ってるわけ?」

 晴斗「はい。思う存分遊んでください。」

 藤島「…いいんだろうか。」

 晴斗「お嬢様が初めて招かれたお客様です。もちろんいいに決まっています。」

 エル「……じゃあ、遊ぶ。」


そう宣言したエリックは浮き輪を持って海に走っていった。

彼が泳げないことを知っている藤島も慌ててそれに続き、段々と他のメンバーも海に入っていった。

女の子がいないと知った千歳はショックで地面に崩れ落ちた。

パラソルを立て終わった晴斗はクーラーボックスを持ってきて、見ているだけだった出羽に手渡した。

その横を狼姿の小太郎が駆け抜けていき、満月を乗せたまま波打ち際を走り始めた。

初めて見る海に驚いている満月だがはしゃぎ回る小太郎に釣られたのか、同じように波打ち際を駆け回った。


 晴斗「小太郎、あまり騒ぐな。狼は害獣扱いされて処分されるぞ。」

小太郎「だーってぇ…耳と尻尾出してていい?」

 晴斗「それぐらいならいい。」

小太郎「はーい。満月、お城作ろう!!アンナも作る?」

アンナ「作る。」

 出雲「やけに手馴れてんなぁ、晴斗はん。」

 晴斗「……椿の人間は良くも悪くも自由気ままな人が多いから……。」

 出雲「なるほど。」

 晴斗「あの傍観主義だったお嬢様が赤のクランと関わりを持ったと聞いたときは驚きました。」

 出雲「どこまで知っとるんや?」

 晴斗「一応、クランとストレインの事は。抗争には興味がないので、お嬢様に影響がないかどうかくらいですかね。」

 出雲「そうか…晴斗はんはクランズマンやないん?」

 晴斗「俺の主はお嬢様ではないですから。でも、椿の使用人の中にはクランズマンが何人かいますよ。」

 出雲「ほぅ…何人くらいおるんや。」

 晴斗「お嬢様に聞きませんと。俺が把握してるのは小太郎と、本家にいる二人ぐらいですから。」

 出雲「少ないんやな…。」

 晴斗「はい、他のクランと違って力を与える儀式が特殊なのだとか。よく知らないですけど。」


説明している晴斗自身もよく分かっていないようなので、出雲はそれ以上問いかけるのをやめた。

 
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