ひとりぼっちのお姫様。
□満月の夜に
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ふと、聞こえてきた声に目を覚ました獣はそのまま耳をすませた。
低く唸るような声から叫び続けるような声は、全て『悲しい』『助けて』と叫んでいた。
獣は首を持ち上げ、ゆっくりと遠吠えを返した。
ここにいる、大丈夫だと、安心させるように。
いつもならそれでおさまるはずの声は段々と膨れ上がり、唐突に消えた。
それは中にいる獣にしか分からない、彼の非常信号だった。
*満月の夜に*
ガラリと重たい気持ちでドアを開く。
途端に掻き消える教室の音と向けられる視線に、ただ黙って席に向かう。
落書きだらけの机に菊が飾られており、椅子は何かをぶちまけた後のように水滴が落ちていた。
鞄からブルーシートを取り出してその上から椅子に座る。
机の中に割り箸を入れてみると接着剤か何かが入っていたのか、箸が引き出せなくなった。
思わずこぼれた溜息に、くすくすと忍び笑いが起きる。
それを気にした様子もなく八田小太郎は本を取り出して読み始めた。
半分ほど読み進めたところで急に衝撃が小太郎を襲い、床に叩きつけられた。
顔を上げるとニヤニヤと汚らしい笑いを貼り付けた男子生徒たちがこちらを見下ろしていた。
「よぉ、八田。よく来たな。もう来ないかと思ってたぜ?」
小太郎「……。」
「そうそう、今日は新しい遊びを思いついたんだけどさ。一緒にやらねぇ?」
小太郎「…やらない。」
「そう言わずに、ほら来いよー。」
小太郎「他あたって。」
「……連れてけ。」
目を合わせずに拒絶の言葉を紡ぐ小太郎に苛立ったのか、リーダー格の男は周りに指示を出していた。
腕を掴まれて引きずられるように教室の外に出される。
唯一鞄だけは持ったまま出られたが、連れて行かれる先はどこか分かっているので特に必要なかったかな、と思った。
去り際に目があったクラスメイトは恐怖に引き攣った顔をすぐにそらした。
それに冷たい一瞥をくれると、小太郎は黙ってついて行った。
連れて行かれた場所はいつもの屋上で、始まったのもいつもの暴力の嵐だった。
殴る、蹴るを繰り返されれば体力も減っていくというもの。
初めから抵抗などしていないが、抵抗する体力すらも奪われ次第に視界までも不安定になっていた。
それに気がついたのかリーダー格は無理やり小太郎の上半身を起こし、目の前にライターと煙草を見せつけた。
「なぁ、しってるか?根性焼き。」
小太郎「……。」
「煙草を押し付けるんだけなんだけど、そんなに痛いのかねぇ?どこにする?腕か足か、顔か。」
小太郎「………。」
「やっぱ無難に…顔?」
「それは一発でバレんだろ!!」
「隠れるとこにすっか。どこがいいかなー…『……それは、』あん?」
小太郎「…それは、しばらくヒリヒリするから…やりたいなら、腕にやって。」
その言葉でしげしげと顔を見つめられた小太郎は横に視線を逸らした。
底に埋めたと思っていた忌まわしい記憶は、ひとつきっかけさえ作ってしまえば湧き出るように出てきた。
思い出したくなくて目を閉じ、じっと体をすくませる。
リーダー格はそんな小太郎を見て瞳に狂気を孕んだ色を浮かべた。