log2

□男は反省する。
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もう少し食らい付いてくるものだと、思っていた。



ばたん、と閉じられた重厚な扉。
その奥に消えた、あさぎ色の背中。

ぼろりと、零れ落ちそうな黒曜石から雫が落ちたのは、それから間もなくだった。

「――っ、ふぇ…っ」

ぎょっとした。
さっきまで笑っていたというのに。
くしゃりと歪み、ぼろぼろと零れていく涙。
俺がつい先刻、その濡れた頬に唇を寄せたことなど気にもとめていないような。
正直、少し堪えるものがある。
ひっくひっくとしゃくり上げる喉。
その濡れた瞳が見つめ続けるのは、いましがたあの男が消えていった扉。
込み上げてきたのは呆れか、落胆か。
とりあえず、こちらまで悲しくなってくる鳴咽を零す幼い王の頭をくしゃりと撫ぜてやった。

「そんなに泣くものではない」

まあ、けしかけて拗れさせた本人ではあるが、こうも泣かれてしまうとさすがに良心というものが痛む。

ユーリのことは、普通に好きだと思う。

俺に本当の肉体があれば、この芽吹いた温かいものを成長させていたかもしれないほどに。
しかし、いかせん俺はしょせん亡くなった身。
愛しいと思えど、それまでなのが何より悲しいと思った。

「こんら…どが…ッ! おれ、何かした…?」

怒った。
嫌いになった?

細い肩を震わせて、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く姿に、これほどかと改めて思うことがあった。
俺が長い間、待ち続けていた宝物。
あんなに白く小さく、けれど力強く暖かな光りを放っていた魂の成長した姿。
俺の望んでいた通りに育った。
民を想い、民に想われる良き王に。
辛い選択すら歯を食いしばって耐えるのに、ただ一人の男、その心を占める存在にはこんなにも簡単に涙を零して。

「ユーリ、ユーリ。すまない…、少し遊びが過ぎたようだ」

「ぅ…ぇ……ッ?」

ぽんぽんと、ぐずっと鼻を鳴らした少年の頭を軽く叩いて息をつく。
あんな事を言い切った手前、本当ならこの気持ちを伝えて口説いてしまいたいのだけれど。
あの男がどれほどユーリに影響しているのか、今ので心底思い知らされてしまったから。

俺を見上げる、潤んだ至宝の色。
俺で染め上げれなかったことがこれほど悔しいとは。

泣き顔も充分可愛いが、やはりユーリには笑みの方が何倍も似合うようだ。

「安心するがいい…、あの男のことだすぐ戻ってくる。だから泣き止め」

俺らしくもない苦笑。
どんなものでも、俺の思い通りにしてきたというのに。
まだ不安そうな色を湛えた瞳が、涙の奥で揺らめいている。
目尻に溜まった今にも零れそうなそれを親指の腹で拭ってやり、なんだ俺の言うことが信用できんのかと、いつものように笑ってやった。

「少し待っていろ。俺はこれから用があるが、奴は必ずここに来る。……慌ててな」


お前を泣かせたと知れば、黙っている男ではないのだから。



男は反省する。



だから泣くのは止めておけ。



fin

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