log2

□男は宣言する。
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会いたくなかった。

「久方振りだな、鍵をその身に宿す者よ。お前に新たな腕を授けた以来か」

にやり、と男は口端を吊り上げる。
俺がどんな目をしているか知っていながらも優雅に、けれどどこか挑発するかのように微笑む。

「何をするつもりですか」

平静を装ったつもりが、思ったより固い声が出た。

「ご挨拶だな。仮にもお前たち魔族の王なんだがな」

くつり、笑う音がする。
小さなそれすら、カンに障る。
静かな、目の前に佇むこの男を奉るために創られたこの空間に、自分の怒りが滲み出ていく。
本来ならば敬意を表さなければいけない相手。
不敬だなんだと言われようと、改めてやる気は俺の中には微塵にもなかった。

「俺の王はユーリただ一人だけです。だいたい…貴方はすでに亡くなった存在でしょう? さっさと次へ進んだらどうですか?」

口をついて出てくるのは、トゲトゲをふんだんに纏わせた言葉たち。
けれどそれにも、向けられた本人はどこ吹く風で軽く鼻で笑うだけだった。

「まあ、最初はそのつもりだったんだがなぁ、気が変わった。俺の選んだユーリが創る未来が見たくなった」

だからここに戻った、と男は言ってのけた。
びきり、引き攣る口元。

「……俺、の…?」

「ん、ああ……俺の選んだユーリだ。それがどうかしたか、名付け親よ」

ああ、本当にその笑い方が気に入らない。
その勝ち誇ったような、それが。
敬意を表すつもりはないが、手すら出してしまいたくなるのをぐっと堪えた。
まさか、この過去の王は喧嘩を売っているのだろうか。
うろんげになる眼差しを隠しもせず送れば、やはりその人は肩を竦めるように苦笑するだけで。

「どうした? 顔がひどいぞ。せっかくそれなりに顔はいいのだから、そう崩すものではない」

「…はぁ、」

ひどいのは自覚している。
それに顔の良し悪しなど、本当にどうでもいい。
ただ一人、心を寄せるあの子が良いと言ってくれるならそれで俺には十分だ。

「それにしても、ユーリはよくやっているようだな。さすが、俺が選んだだけはある」

「……」

自慢そうに頷くその姿に、傲慢さが滲み出ていると思うのは俺だけか。
額縁に飾られているそれだけしか知らない時は、下の弟に似ているなと、大きくなればこう立派になるのだろうかと思っていた自分を殴ってしまいたくなった。
似ているのは髪と瞳の色だけではないか。
将来ヴォルフラムが我が儘はなくならずとも、こうはならないようにと誰ともなしに願わずにはいられなかった。

「……お前、今心の中で失礼なことを言わなかったか?」

「さぁ……。歳をとりすぎて頭がおかしくなったんじゃないですか?」

む、とちょっと怪訝そうな顔付きになった男に、今度は見事に笑って返してやった。

「……ほほぅ」

俺がはっきりと故意丸出しだったそいか軽く目を見開いたけれど、次にはやはり先程と同じ余裕綽々だとでも言うような笑みを唇に乗せて、その深い碧の瞳を細めた。
俺としては二度、三度と重ねられた俺の発言に釣り糸よりも細い勘忍袋の糸がふっつりといきそうで、しかしそれを知られるのはしゃくなのでにっこりと笑ってやることにしていた。
おそらくこの場に腐れ縁の筋肉馬鹿がいれば、その巨体を気持ち悪く震わせていたかもしれない。

「…ふ、男の独占欲か」

「………ええ、そうですが…それが何か?」

ことり首を傾げて返せば、くつくつ笑いを噛み殺す音が広い部屋に響いて。
今度はこちらが怪訝に眉を寄せた。

「最初から知ってはいたが、これほどとはな……くく…っ」

腰と顎にそれぞれ手をあてて、かつての王は笑う。
不愉快極まりないのは俺で。
笑みはとうに引っ込んだ。

「ユーリは俺の恋人です。それを他人に俺の呼ばわりされて、頭に来ない人はいないと思いますが…?」

「なるほど、相当に欲が深いようだ。すると嫉妬も深いか…、ユーリも苦労しているな」

もういっそのこと殴ってやろうか。
俺の話は右から左のようで、自分だけで頷きにやり笑む眞王に本気で殺意を覚えた。

「何をお考えかは知りたくもありませんが、ユーリは俺のですので」

「コンラート・ウェラー。ユーリは俺が貰うことにした」

「――は、?」

らしくない声が思わず出た。
いきなり遮られた言葉。
とっととユーリは俺のだと、だから手を出すことも許さないし、俺の呼ばわりも止めろと宣言して帰ろうと思っていた矢先のことだった。
数拍、思考は停止、もとより考えることを放棄した。
ただ目の前で悠然と佇み、勝ち誇ったような笑みを唇に履いた男を凝視して数瞬。
数秒してようやく働きだした脳みそが、知りたくもない情報を咀嚼し伝えてくる。

そうして沸き上がったのは、純粋な怒りだけだった。


男は宣言する。


今なら誰もいない、よし、やってしまおう。


唇が浮かべたのは笑みの形。
すらりと帯びたままの愛用の剣の柄に手がかかるまで後数秒。


ふっつりと糸がちぎれた瞬間であった。



fin

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