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□婚約者は見た!
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「………、…」

どうしよう。
どうするよ、おれ。
だらりだらだらと流れていく冷や汗。
手の平もじっとり汗ばんで気持ち悪かったけれど、それより何より見付けてしまった物への衝撃が凄まじかった。
この場にいるのがおれだけでよかったのか、よくなかったのか。

「とりあえず…おれ、これ見ちゃった後であいつとは絶対まともに目、合わせらんないよ…」

どうして気になっちゃったんだよ、おれ。
この手の中にある物にさえ興味を抱かなければ、知らずにのほほんと暮らしていれたのに。
ちょっと大袈裟かもしんないけど、そのくらいおれにはショックだったんです。
開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったような、そんな気分で三ページ程めくってそのまま放置中のノートを所在無さげに見下ろしていた。
綴られている文字は、きれいに整った上級なんたらの魔族語。
目で見て読めなくても、指で辿れば内容が頭の中に浮かんでくるという特殊能力に目覚めてしまったおれが嬉々としてなぞってしまったそのページ。
あの、あのヴォルフラムの隠された一面を、無防備にも知ってしまったことのダメージが予想以上に大きすぎて、いまだおれは立ち直れない。

「ああ…どーしよ。ホント、マジで、これどーしよ。めっちゃくちゃ捏造されてるんですけど…っ」

一ページ丸々、読めるワケがなかった。
なんの羞恥プレイだと絶叫してしまいたくなる程に、内容がひどい。

だってだって、これじゃあまるっきりギュンターの日記だろ!?

ここなんて、ユーリはふ、と笑ってぼくに言った、お前かいないと寂しくて堪らない、ずっとおれの傍にいておれから離れるな、とかなんとか。
何!? ふ、と笑って、て!?
なんかかっこよく笑った感じに受け取れなくもないのはうれしく感じないワケじゃないけど、なんつーか、美化しすぎっつーか…。
読みたくないけど、先が気になって気になって仕方がない。
登場人物のおれが初っ端でこんな美化されちゃってるから、この先どうなってるのかとそればっかりが頭の中で空回る。
登場してなきゃこんなにショックは受けなかったかもしれないし。

「…うー、あー…っ、どうしよぉ…。読むか、戻すか、知ってしまうか!?」

あれ、何気に二択だった。

「………」

手の中の紙面で繰り広げられる優雅な展開。
言った覚えのない言葉たち。
つまりヴォルフにはこう聞こえてるってことだろうか。
脳内変換大活躍だな、おい。
そうなるとギュンターも同じ脳内構造か。
うんうん立ち尽くしたまま眉間にシワをつくってあいつのお兄ちゃんみたいに唸っているけど、どうにも決められない。
読みたくないのは、本当。
結局は、でも、いやでも、とぐるぐる思考はメリーゴランドみたい。

「………つーか、これってヴォルフと最初に会ったらへんの日付だよな。………、…ぇ…まさか…」

ふと目についた日付に、さぁっと血の気が引いた。

「ぅげぇッ!? マジでこれ一冊目!? ぇっ、つーことはギュンターみたいに何冊かあんのッ?」

慌てて表紙の文字をなぞればさらなる衝撃が。
あんだけへなちょこだなんだと人のことけなしてる奴が、あのギュンターに負けないくらいこっ恥ずかしい日記をつけてたなんて。

「…はっ! まさかグウェンとか…コンラッドまで、もしかして…!?」

簡単に浮かび上がってくる恐ろしい想像。
一人ヴォルフラムの日記を両手に悶絶しているおれを、爽やか笑顔のお兄ちゃんが発見し苦笑するまで後十分。

本人にごめんなさいと、一方的に謝ってしまうまで後十五分であった。



fin

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