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□酒って怖いよね、ホント
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「お前の兄は、まだあの赤い悪魔に捕まってんのか?」

「………まぁ…、命を奪われないだけいいと言うか……なんというか」

この前もずるずると連れて行かれ、その数分後あの部屋から爆発音が響いてきたのは記憶に新しい。
今度は何をされたのか、髪を振り乱し目の下に真っ黒な隈をつくって何かを譫言のように呟いていたのを思い出し、ひっそりと合掌した。

「あの男もなぁ、酒での件がなけりゃあ多少は変わってたのかもなぁ」

いや、でもあんまし変わりそうもないけどな。

ぐぃ、と目の前に並々と注がれていた琥珀の液体を喉奥へと流し込んだ。
しみじみと呟かれたそれに、知らず眉が寄る。

「酒での件…? グウェンダルとアニシナの今の力関係に何か関わりが?」

思わずオウム返しに尋ねれば、手酌で酒を注いでいた男は豪快に笑った。

「ああ、そうか。お前は知らなかったな! あの男、酒の勢いで編み物なんて始めてな。その翌朝には師匠と弟子の関係よ。あそこで編み物なんぞ始めなけりゃ、或いは…」

ククク、と喉の奥で笑って酒を煽る。
あの状態の片鱗を耳にして、意外とあの兄は酒に弱かったのだろうかとそんな事を考えた。
今度一緒に飲んでみるのもいいかもしれない。

「お前はどうだ? 酒は随分とイケる口だろ?」

「ん…まあ、それなりに。あの方は禁酒を掲げてる方だから、それなりの場では代わりに飲む役が必要になるからな」

そう言って喉に流し込んだ琥珀色は度数の高い良い代物で、カッと胃の腑を熱くさせた。

「あ? そーいや、そんな事言ってたっけな、あの坊主は。背が伸びなくなるとかなんとか…」

「可愛いだろう。俺としては今の身長のままでも抱き心地は十二分なんだが」

「けっ、惚気んな」

握り拳を作って豪語していた少年王を思い浮かべふ、と笑いを零すと舌打ちしそうな声音がけれどどこか呆れたように吐き捨てられる。
潜められた眉に笑って、向かいのグラスに酒を注いでやった。

「ま、確かにそれなりに酒はイケるが、ざるとまではいかないな」

「あ? お前の幼馴染みの話じゃ、たる以上でどんなに強い酒でも酔わねぇっつうじゃねーか。何を言ってやがる」

ほら、と突き出された酒瓶はもうこれで五本目か。
手の中のグラスの中身を一息に飲み干して、酌を受ける。
並々と注がれた人を気持ちよさに酔わせる液体。
感覚を鈍らせ、意識を虚ろへと誘い闇へと沈ませる。
けれど意識なんて今だはっきりしてるし、感覚はいっこうに鈍らない。
問われた内容に思い当たる節を見付けて、ふと苦笑した。

「いや、これが本当にそれくらいなんだよ。……ただ、相手によるだけで…」

「おいおい、ざるまでいかねぇなんて言っときながらこんだけ飲んでんのはどこのどいつだ? オレ一人じゃ、これだけの強い酒をぽんぽんと空けれる訳がねぇ」

これでたるじゃねぇっつーなら、おかしな話だ。

ぐぃ、と相変わらずいい飲みっぷりを披露してくれる男が口端を吊り上げた。
俺の話はまったく信用されていないらしい。

「残念ながら、こればっかりは本当なんだ」

カランと、軽やかな音が耳を打った。
半分程になったそれをテーブルの上に置いて肩を竦めてみせると、男はさらに顔をしかめる。
けれどその目元は、ほんのりと朱く染まり始めていた。

「……オレの目はいつから使い物にならなくなったんだろうなぁ? オレが見る限りじゃ、弱いよーには見えねぇが…?」

嘘を言うなと、青い海の色を宿した硝子がうろんげに俺を見遣る。
ほのかに照らされた店の照明。
その中で彼のその瞳は光っているように見えた。
決して平坦な道ではない生き方をし、這うような思いを、一言辛い過去とだけで言い切ることは出来ない人生を歩んできてる男の瞳だった。
なぜか、それを今、肌で感じた気がした。

「…弱い訳じゃないけど、ざるじゃないことは確かなんだよ。あの人の前だとべろんべろんになる……らしい」

「ああ? あの人…? ……………坊主か」

尋ねた訳ではない。
口にして確信を得たようで、ぎらついていたはずの瞳は瞬く間に半眼になった。

「、しかも…記憶が飛ぶのか」

「ああ…まぁ、そうらしい。それまでそんな事は一度だってなかったから、全然気付かなかったんだが…」

「おい待て、じゃ何か? 坊主の前だと弱くて、それ以外の奴とだと今みたくケロッとしてるってのか?」

おいおい冗談じゃねぇぞ、と皺のできる眉間。
低くなる野太い声。

「いや、俺も驚いたんだ。起きたら起きたでユーリには怒られるし、ヨザには訳の分からない心配をされるしで…あの時は大変だった」

「……だろうな。それほどあの坊主に気を許してるってことか」

「やっぱりそう思うだろ!?」

彼にとっては投げやりな言葉だったかもしれない。
いや、実際投げやりだったけれど、でも俺が反応するにはそれだけで十分だった。

「やっぱりこれは俺の中でユーリの存在が大きくて、それだけユーリを愛している表れなんだと思わないか!?」

思わず身を乗り出してしまうくらいに。

「…………………………………どこが坊主相手だと、だ…ッ」

げんなりしたように相手は頭を抱えた。
その光景を見たのは三度目だと、高揚してきた頭の中で浮かんだ。
二回はどこで見たのかは、覚えていない。


ちらつくのは、橙と黒。

そうして、その日の記憶もなぜかあやふやとなって俺の中に残るのであった。



fin

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