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□まるで砂糖のよう
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「………っ」
俺とした事が、油断(?)したな…。
舌打ちしたい思いで、俺は血が滲み始める左手の平を見つめた。
手の平にある、三センチくらいの一線の傷。
まったく、俺とした事が。ただ果物の皮を剥こうとして、手が滑った。
「……どうしたの? コンラッド」
果物を剥く俺の手が止まった事で、ユーリが不思議そうな瞳で俺の手元を覗き込んでくる。そして俺の手の平に、プツプツと滲み続ける赤いものを見つけて目を見開いた。
ガッと傷のある手を掴んで。
「コンラッド! ち、血が出てるっ!?」
自分が怪我をした訳でもないのに顔を蒼白にして、悲鳴に近い声を上げてくる。
「えぇ…、しくじっちゃいました」
血が出ている割に、痛みはさほど感じない。
綺麗に切れているようで、これなら治りも早いだろう。
青ざめている彼に苦笑混じりで、茶化すように言うと怒られた。
「そんな事言ってないで、消毒しないと!」
「大丈夫ですよ。このくらいの傷なら、すぐに治りますから」
掴まれた手を引っ込めようとしたら、できなかった。ユーリが掴む手に力を籠めたから。
「バイキンが入ったらどーすんだよ!?」
「いや、大丈夫ですって」
「大丈夫じゃない!」
ユーリの手から逃れようと手を引っ張れば、負けじとユーリも引っ張り返してきた。
大丈夫、大丈夫じゃないの言い合い。同時に、傷のある左手を綱引きみたいに引っ張りあう。
と、ぬるっという感触がしたと思ったら。
「っうわ!?」
ユーリの体が勢い良く転倒した。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄って、右手で彼を助け起こす。
頭を打っていないかも確かめる。
「ユーリ、だいじょう…………ぁ」
「いたたた…………あっ!」
視界に入った赤いもの。正確に言うと、血に染まった手、だ。
先程までのユーリとの綱引きが原因だろう、傷が広がってしまったようで。ピリッとした痛みが時折、傷口から走る。
溢れた血が手の平に広がって、ユーリの指を滑らせてしまったのだろう。
「……ごめん。おれが、無理矢理引っ張ったりしたから……っ」
くしゃりと、ユーリの顔が歪む。
「ごめん」
「―――っ!?」
その表情に気を取られていた俺は、次に起きた展開に呆然とした。
ペロッと温かい何かが、俺の手の平を舐めている。
犬のように、猫のように傷口を舐めてくる、それ。
「ユーリ…?」
「舐めときゃ治る、って言うだろ…っ。このくらいの傷じゃ、ムリだろうけどさ」
ああ、確かにそんな言葉があったような…。
って、そんな事を思い出している場合ではない。
俺の手の平を一通り舐めてくれたユーリは、すくっと立ち上がると急いでティッシュを持ってきてくれた。
「コンラッド! 手、貸してっ、手!」
「はい?」
ティッシュを押さえればいいのだろうか。
訳が分からないまま、言われた通りに右手を差し出した。
するとユーリが握手をするように、差し出した手を握り締めてきて。
「ぇ―――……っ」
トクンと奇妙な鼓動がしたと思ったら、握手をしている右手から傷のある左手へと何かが走り抜けた。
「ッ何を!?」
その異様な感覚に、握手をしている手を振りほどくように外すと、ユーリの顔がニヤリと笑みの形を浮かべてくる。
その笑みに、まさか、と思った。
恐る恐る、左手の平を覗き……。
「ユーリ!?」
「なんだよ。おれは別に、怒られるような事はしてないぞ」
いや、そういう問題じゃなくて。
「あのね、ユーリ。あのくらいの傷を貴方に治してもらうなんて…」
軽い傷で、貴方の手をわずらわせたくなかったのに。
覗いた手の平には、あったはずの傷はどこにもなかった。
ただあるのは、こびり付いた血のみで。
「おれが嫌なの! それとも何? コンラッドはおれに傷、治してもらいたくなかったのかよ!?」
ああ、そんなにむくれたりしないでください。
「そんな事はありませんよ…」
「……おれはコンラッドがケガしてるトコロを、ほっといてなんかいられないの。分かる?」
きゅっと左手を両手で握り込まれた。
大きな瞳に下から覗き込まれて、心拍数がはっきりと速くなる。
「分かりますよ。とても……」
俺だってユーリが傷付いたら、癒してあげたくなるに決まってる。
愛しい人だから。
「だったら、いいだろ…?」
駄目だな。俺は貴方に一生適わない。
砂糖のような、甘い口付けを貴方に……。
fin