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□彼の腕
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「フォンウィンコット卿スザナ・ジュリア…さん、か」
真夜中のシンとした部屋におれの声が響く。
今夜は珍しくヴォルフがいない。いつもだったら、これ幸いとばかりに爆睡するはずが、逆に目がぱっちり冴えてさっきから余計な事ばかり考えてしまっている。
「はぁ………」
仰向けからごろんと、窓の方に寝返りをうつ。
窓から欠けた月が見えて、思わず漏れる深いため息。
欠けている分、満月の時より弱くなった月の光が差し込んで、少しだけ部屋の中が明るくなる。
今がどうあれ、昔大切に想っていた人の生まれ変わりがおれなんて…。
前はおれはおれ!などと考えていたけど、全てが丸くおさまってしまうと心のどこかで、コンラッドはおれにジュリアさんを重ねて見てるんじゃ…、とか、おれのコンラッドが好きって気持ちはもしかしてジュリアさんの気持ち?、とか思いはじめている自分がいて。
「そんなワケねーじゃん…。おれの気持ちはおれの気持ちであって、ジュリアさんのものなワケないじゃんか………」
自分に言い聞かせるみたいに強く言ったつもりが、口から出たのは弱々しい響きだけだった。
まあ、コンラッドがおれにジュリアさんを重ねてるってのは無いよな。まさかジュリアさん相手に、鬼畜な事仕掛けたりしないだろーから。
問題はおれの気持ちの方にある。
はっきり言ってしまえば。
「自信無い…」
恋愛なんてまるっきし初心者なおれ。
大切に想ってくれるコンラッドの気持ちに、ジュリアさんの気持ちが現れたりしてないよね…?
ジュリアさんが、コンラッドをどんな風に思ってたかなんて知らない。だからそれが余計に自分の、コンラッドが好きなんだという想いに疑問が出てくる。
もし、おれの想いがジュリアさんのものだとしたら…?
「……っ」
それ以上考えたくなくて、シーツを頭まで被った。
はやくこのいい知れぬ不安から逃れたくて、ぎゅっと目をつぶる。
おれの気持ちはおれの気持ち…!
そう思いたくても、今のおれはそれすら思えなくなっていた。
「―――すごい顔ですよ?」
「……………」
鏡を見なくても、自分の顔がどうなってるかぐらいは分かる。
結局一睡もできないまま、空が白みはじめてしまった。
「……陛下?」
「……………」
ふと考えた事。
もし…ジュリアさんがコンラッドを愛していたのだとしたら…、おれの気持ちは一体どこにあるんだろうかと。
この、コンラッドを好きだという気持ちが=ジュリアさんの気持ちだとしたら、おれの気持ちは…?
本当のおれは、コンラッドをどう思っているんだろう?
おれがおれじゃないような気がして…。
「…ユーリ?」
さらりと前髪を掻き上げられる。コツンと額に何かがあたって、気が付くと目の前にコンラッドの顔があった。
「……熱は無いな。ユーリ、俺が分かる?」
くっつけていた額を離して、心配そうな顔がおれの顔を覗く。
「…分かるよ。そんくらい……」
ため息が零れそうになるのをなんとか堪えて、重い体でベッドから出る。
「陛下、今日は止めておきませんか? 顔色が悪い」
ジャージに着替えようと伸ばした手を、コンラッドの大きな手が捕まえる。
ぎゅっと握り締められて、痛みに顔を歪めた。びっくりしてコンラッドの顔を見返す。
「心配事があるなら言ってください。俺はユーリに、そんなに思い詰めた顔をさせたくない」
「………無いよ」
真剣な顔。
コンラッドがどんなにおれの事を心配してくれてるのか、痛いほど伝わってくる。
…でもどう説明すればいい?
言えるワケがない。
おれ、もしかしたらコンラッドの事好きじゃないかもしれない、なんて。言ってしまえばきっとコンラッドが傷付く。…そんな事、したくない……。
すぐにコンラッドから顔を隠すように逸らすと、握られた手を引き抜いた。