ひとこと

□act.5 カノジョは
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「…ぇ……グウェン?」

いつの間に。
てか、この部屋にいたのかと今さらながらにその存在に気付いた。
まあここが執務室なのだからいてもおかしくないし、ここまできて気付いた自分が鈍すぎると言われればそれまでで。

「………」

頭に置かれた無骨い手がひどく優しく撫でる。
その手つきにまた涙が止まらなくなって、ボロボロの顔で撫でてくるその人を見上げた。

「……グウェ…?」

「……お前の気持ちは、よく分かった。………だから…今は、その心に溜め込んだものを全て吐き出せ…」

「……っ………ぅ、ふぇ…ッ」

ずっと抑えてきたのに。
ずっと押し込めてきたのに。
おれを包む暖かさが。
おれを癒すように頭を撫でる優しさに。
それまでずっとあった何かが、濁流みたいにせりあがって零れていく。
おれは、その暖かさの中で声をあげて泣きじゃくった。



しばらくして、ようやく押し込めていたものを出し切ったのか、鳴咽が治まってきて。
こんなに泣いたせいか、軽い倦怠感を覚えた。

「……大丈夫か?」

「…ん………ありがと、みんな」

鼻声でおそらく真っ赤であろう目で、ずっと撫で続けてくれたグウェンを見上げる。
きっとぐちゃぐちゃな顔をしてるだろうおれと視線を合わせても、顔をしかめるどころか微笑んでくれて。
しがみついてしまったせいで色を変えてしまった軍服にごめんと呟くと、腕の力を緩めて気にするなと少年も笑った。

「今日はこのまま部屋に戻って休んでいい。ゆっくり体を温めて休めば、きっとすっきりするだろう…」

「ん……」

「大丈夫だ、お前というへなちょこにはこのぼくがついているんだからな!」

「なんだよ……それ。…でも…ありがと…」

またちょっと泣けそうになったのは、内緒だ。
グウェンの言う通りゆっくり休む事にしたおるは、お礼を言いながら扉に足を向けた。

「………ユーリ」

「ん? 何、グウェン」

開けようとした時、低い声が迷いながらおれを呼んだ。
振り返ると少しだけその声音を表したかのような顔をした彼がいて。
珍しいその様子に、不思議で首を傾げた。

「一つだけ聞くが……コンラートは、本当に笑っているのか…?」

「え…?」

「兄上…っ」

「お前も知っていると思うが、あれは感情を押し殺すことに長けすぎている。あれが本当に心から笑っているのであれば…それでいいのだか……」

ザワリ…、胸の中が変に騒いだ。
おれを見るその瞳は、弟を心配する兄の色をしていて。
なぜかまともにそれが見れなくて、さっと顔を逸らす。

「…………笑ってたよ」

「…そうか……、ならば言うことはない。すまなかった」

「それじゃ…」

足早にそれこそ逃げるみたいに部屋を出た。
ドクドクと異様に早鐘を打ちはじめている心臓に戸惑いながらも、自室に向かいながら数刻前に見て来た光景を思い出していた。


笑っていたじゃないか。




カノジョはあの人の婚約者で。



その人の傍らで、あの人は笑っていたじゃないか。




たださっきのグウェンダルの言葉だけが、頭の中に響き渡っていた。



どうしてこんなにも心の中が荒れているのか、おれは知らない。




to be continued...
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