ひとこと

□act.5 カノジョは
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「――っ」

とたん込み上げてくるのは、何?
心の底で、何かが、叫んでいる。
何かが、泣いている。
何かが、願っている。
耐えようと胸元を握りしめ、そこに一つの感触しかないコトに、何かが、悲鳴を上げて。
矛盾しすぎているおれの中は、もう限界を超えているのだと知った。

自分で返してきたくせに。

「――戻らなきゃ…」

痛いのなんて、気のせいだ。
悲鳴なんて、あげてない。
叫んでなんて、いない。
頭を振って、ふらり来た道を戻る。
悲しいコトなんて、どこにもない。
そう、おれの大切な名付け親が晴れて愛してる人と一緒になれるんだ。
むしろ、喜んで門出を祝ってあげるべきだろう。

「……だいじょうぶ…っ、おれは…大丈夫…」

ぎゅっと服越しに魔石を握りしめて、ポツリポツリと呟く。
まるで、呪文のように。
自分に言い聞かせる。
彼は、笑っていた。
穏やかに、優しい眼差しで彼女の肩を引き寄せていた。

「……ッ」

ぼろり、何かが瞳から零れ落ちる感触があった。
ただ一粒だけ零れたそれは、頬を滑って落ちた。

「あれ……?」

慌てて滴が滑った頬を手の甲で拭う。
拭いたその手の甲は、確かに濡れていて。
でも、滴が零れたのはその一粒だけで終わった。
気が付くと、ずっとどこかで何かが痛いと叫んでいたのが治まっていて。
さっきの零れたそれといい、ワケが分からず首を傾けた。

「…おれ……大丈夫、だよな…」

握りしめたままの石が、布越しなのになぜか冷たく感じられて。
その冷たさが、少しだけ自分の波打っていた心に静かさをくれた気がした。

「………よし! 行くか!!」

一つ深呼吸して、おれは執務室に向けて一歩踏み出した。










「いいのか!? お前はっ!」

「いっ!?」

扉を開けると、真っ先に怒鳴り声がおれを出迎えてくれて。
不意打ちの大声に鼓膜がキーンと悲鳴をあげるが、怒り心頭中の少年にはおれに顔をしかめる余地をくれず、ガツッと胸倉を掴みかかられた。

「ヴォル……なんだよ、いきなり。…っ、くるしっ!」

「おやめなさい、ヴォルフラム!!」

すかさず長い髪を振り乱した教育係が止めにはいるが、少年は耳も貸さず声を荒げる。

「ぼくはいいのかと聞いている!」

「けほっ……、だから何が…ッ?」

ぎりぎりと掴みあげられて、喉が絞まる。
圧迫感に自然顔が歪む。
おれの返答が気にくわなかったのか、目の前の美少年の顔が赤みを帯びますます眉を吊り上げた。

「ぼくが気付かないとでも思っているのか、このへなちょこ!!」

「ヴォルフラム、それ以上はッ」

「止めるな、ギュンター! ぼくにはこのやり方がユーリにとって良いとは思えない! こんなのは互いに苦しむだけだ!! ユーリ! どうして気付かない? どうして…っ、お前はこのままでいいのか!?」

「ヴォルフラム…」

不意に、力任せに掴まれていた胸倉の手から力が抜けて。
ふっと器官に入ってきた酸素に軽く咳込む。
そのせいか、少しだけ視界が膜に包まれたみたいにぼやけた。

「…ぼくが、知らないとでも思っていたのか……? お前とあいつの事を…。あれだけ近くにいた、ぼくが…。あの女が何を言ったのか、ぼくは知らない……。だが、少なくともあの女の事は関係なくコンラートは…」

コンラッドは…?

「違う!」

「ユーリ!!」

急にヴォルフの事が怖くなって。
言葉を遮るように声をあげて、その手から逃れ耳を塞いだ。
顔を合わせられなくて、背を向けてきつく耳を覆った手に力を込めた。

違う。
ヴォルフラムは誤解してるんだ。
おれとコンラッドは、そんなんじゃなかったんだ。
コンラッドはずっとアリスさんを想っていて、おれが王サマだったから断れなかったんだよ。

そう、言えばいいのに。

「……ッ……違う…んだ」

頭の中を巡る言葉は、一つしか出てこなくて。
それもかすれて震えていた。
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