ひとこと
□act.4 ジュンビは
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「アリス……、もしかして陛下にその事を…?」
微かに震え出す体で、拳を握る。
恐る恐る尋ねると、彼女は無邪気に笑って。
「もちろん言ったわよ? だってあたしが任務でコンラッドの傍を離れていた間、あたしの代わりに恋人役をしてくれていたんでしょう? それならあたしからもお礼を言うのが当たり前でしょう」
「―――っ!?」
なんという事だろう。
ガラガラと足下が崩れて行くのが分かる。
アリスの代わり――…?
ユーリが…?
目の前で楽しそうに笑うこの女は、そんな事を俺の大切なユーリに言ったというのか。
カッと頭に血が昇ったのが分かった。
「アリス…っ!」
「コンラッド! 七日後にツェリ様が戻られたら、あたしたちの結婚式を盛大に執り行ってくださるみたいよ。陛下も楽しみにしてらっしゃるみたいだし、きっと素敵な結婚式になるわね!!」
え…?
陛下も楽しみに…?
ガンと後頭部を鈍器で殴られたようだった。
ユーリが、それを望んでいる…?
今度こそ、目の前が真っ暗になる。
色が死んだ。
さっきまで己の中にふつふつと沸きでていた怒りが、急速に冷えていく。
そしてでてくるのは絶望。
最早、ユーリはこんな俺に幻滅してしまっているということか。
手遅れ…なんだろうか。
記憶にないこんな婚約話のために。
「絶対に幸せになりましょーね!」
『もう終わり』
すぅっと俺の傍から、彼の心が離れていくのを感じた。
無意識の内に服の上から、胸元にあるリングを握り締める。
それは肌の上にあったにも関わらず、冷えきっていて。
ズキンと心が悲鳴をあげた。
そしてそんな俺を嘲笑うかのように、あれよあれよと結婚式の準備は進められていく。
その日が近付くにつれ、胸の痛みは増していった。
「どうしたの? コンラッド。これ、似合わない?」
式まで後四日。
そんな日、永遠に来なければいいのにと願う俺がいる。
彼に会って誤解だと伝える事すらできず、俺の意思とは関係なく進んでいく周りに苛立ちは募っていくばかりだ。
「いいや、ちょっと考え事を…」
頬に力を入れて自然に見える笑みを浮かべる。
淡い灰色のドレスを試着し、俺の前でくるりと回ってみせるアリス。
どうせならユーリのドレス姿が見たかったと思う俺は、未練たらしい男なのだろうか。
俺の心は絶望の中に深く沈んだまま上がってこない。
きっと二度とそこから抜け出せないだろう。
「あ! 陛下!!」
「ッ!?」
「ぁ……アリスさん」
不意にアリスが声をあげた。
駆け寄った先には、あの人の姿。
ドキンと胸の奥が高鳴って、まだこんなにも貴方を愛してる俺がいることを今さらながらに思い知った。
「どうして…陛下がこちらに…?」
ここは衣装選びで貸し切ってある部屋なのに。
「わたしが陛下にお願いしたのよ! 陛下にも、どんなドレスがいいのか助言していただこうと思って」
喜々としてユーリの腕をとり、中へと引っ張るアリスに彼はどこか引きつった笑いを浮かべていた。
「あ! そうだわ。陛下に見ていただきたい服があるの。ちょっとここでお待ちくださいね!」
「え? あのっ!」
「アリス!?」
不意に何を思い出したのか、何かを取りにアリスが部屋を出る。
とたん静寂があたりを支配した。