ひとこと

□act.6 さびしいワケは
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「まさか…」

それしか言えなかった。
するりと撫でていた手を頬へと滑らせて、そ、と薄く色付いている柔らかな肌を包む。
じわり、滲んでいくぱっちりとした瞳。
はぁ、と吐息を零すためだけにではない、薄く開かれた赤い唇。
ちょっと顎を掬い上げて、引き攣りそうな口端を見られる前にと唇を寄せた。

「コンラッド……」



『コンラッド』



「――――…」

視界を閉ざして、後は押し付けるだけ。
うっとりと呼ぶ声音に、重なる。
ふわり、鼻腔を掠めた匂いに、体は勝手に反応して。

「――ぁッ!?」

気が付けばアリスの両二の腕を掴んで突き放していた。
力加減なんて出来なくて、痛みに彼女が顔をしかめて慌てて離す。

「っ、すまない!」

「この馬鹿力…ッ! いきなり何するのよ!?」

痛みのせいだろう、目尻に涙を溜めてきっと睨まれる。
俺が掴んでしまった箇所をそれぞれ手で押さえて摩っている。

「本当にすまない。…つい」

「つい、で接吻寸前で突き放したって言うの!? もう信じられない!」

むぅっと顔を歪ませて、当然だろうかなり頭にきているようだった。
けれど、俺はもはや彼女が望む事をしてやることはできない。
きっとしようとすれば、また同じことの繰り返しになるだろうから。
心臓がバクバクしてる。
自身の行動、それも無意識下のことに動揺してる。
オロオロしてしまう両手を持て余しつつも、頭の中では微笑んでる人がいた。
視線はさ迷って、彼女を映しているようで透り抜ける。
目の前で、彼女がさらに何か言っているようだ。
けれどそれはちっとも耳に届かないで、鼓膜の奥はあの声が埋め尽くしてる。

埋め尽くされた。


俺の中、すべて。

「―――、……」

「――ったくもう…ッ! ………? コンラッド? どうしたの?」

さらり、前髪に触れた体温にはしっと瞬く。
とたんさあっと、まるで霧が晴れていくかのように消えた、すべて。
はしはしと数回瞬いて、怪訝な顔で覗き込むアリスを視界で捕らえる。

「ぁ……あ、すまない…」

は、と肺の中の二酸化炭素を吐く。
ドクンドクンと、なだらかになった鼓動。
熱はないようだけどと、額に触れていた手が離れる。

「すごい顔してたよ? …そんなに怒ったのがショックだった?」

クスリと、アリスが苦笑する。
全然違うけど、説明する訳にもいかず黙ったまま目を伏せた。

「……ね、コンラッド。また城下に行こう? それでお揃いの指輪を買おう。…それで今の、許してあげる」

「ゆび、わ…?」

するりと頬を撫でる細い、けれど昔の名残かタコのある手。
いい事を思い付いたと踊る声音に、伏せていた視線を上げる。

「そう! 陛下の世界では結ばれる時、互いに指輪を贈るのでしょう? 腕輪もいいけどそっちの方がもっと素敵じゃない? だから買おうって言ってるの!」

あ、買ってくれてもいいよ!、と笑うその瞳は強く光を帯びていて。
好きにならなければ、と俺が胸の中で囁く。

「――そう…だな…」

行こうか、と頬に添えられた手を握って口端を持ち上げる。
冷たい感触を首元に感じながら、今からどうかななんて誘う。
俺の一言に顔を明るくさせ夕食も!、とはしゃぐ彼女に反して、俺の中はどんどん冷えていく。
握った手は離さないまま部屋を出て、途中横切った中庭の向こう側。
任務から戻ったのか、俺の幼馴染みと言葉を交わすあの子の姿が見えて。
瞳を細めて、その姿を見つめた。
足を止めぬまま。
そうして草木で掻き消えた姿に、口は開けど言葉はなく。
久しく感じなかった恋の切なさ。


俺の手の中、知らない手が握り締める力を強くした。



to be continued...
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