ひとこと

□act.4 ジュンビは
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どうして、俺は笑っているのだろう。

「コンラッド! この花はどう?」

目の前にいて笑っているのが貴方ではない事に、ひどく胸が痛い。
大好きだと恥ずかしさに顔を、耳までも真っ赤にさせながら、それでも笑って言ってくれた恋人。
ほんの数日前の幸せなひと時が、瞬く間に砕けた。

「それは少し色が濃いような」

俺は赤い花を持ち、瞳を輝かせている彼女にふわりと微笑む。
以前は空気を吸うよりも容易かったそれが、今はこんなにも苦痛を伴う。
笑う事がこんなにも痛くて、苦しくて、辛いものだと、俺は当の昔に忘れていた。
そう、あの異世界で小さな光をこの腕に抱き締めた、その時に。


『もう終わったんだよ』


冷たい貴方の声が脳裏に蘇って、ツキンと胸の奥が痛む。
そう、ほんの数日前までその唇からは愛の言葉を紡いでくれていたのに。
いきなり護衛を外され、それとともに告げられた別れは俺を茫然とさせた。
いったい何がユーリの身に起きたのか、それとも知らない間に俺が何かしてしまったのか。
いくら頭を巡らせても、一向に出口の見えない迷路。
なぜ!?、と理由を問いたくても、厚い扉が俺を阻んだ。
もう、あれから彼の姿を目にしていない。
久々に任務から眞魔国に帰郷してきたアリスに、あちらこちらを案内させられ血盟城から離れてしまっているからだ。
いや、それ以外にも俺が理由をもう一度問いに行くのを怖いと感じているせいもある。
違うんです、と弁明してももうユーリの中に俺がいないのだとしたら。

「っ」

そう考えただけで、目の前が真っ暗になる。
そんなのは嫌だ。
そんな事になったら、きっと俺の世界は終焉を迎えるだろう。
俺のすべてはユーリなのだから。

「……! ちょっとコンラッド!? 聞いてるの?」

「――っ!」

そこで俺の思考は中断した。
はっと目を瞬かせると、目の前には不満そうに頬を膨らませたアリスの顔があって。
さっきアリスが持っていたはずの花がないのに気が付いて、相当な間自分の考えに入り込んでしまっていたようだ。

「ああ…、すまない」

「もー! 何度呼んでも上の空!! これじゃあ、この先が思いやられるわ!」

ルッテンベルク師団にいた時から活発だったのは、今も変わらないようで。
クルクルと表情が変わるのもまた然り。

「…ん? この先ってどういう事だ?」

アリスは今も軍に籍を置いているが、俺は戻る気などない。
別にアリスの世話になるような心当たりのない俺は、首を傾げた。
すると一瞬きょとんとした彼女は、ぷっと吹き出した。

「ちょっと何言ってるのよ、あんたは。あたしたち婚約してるの忘れたの?」

「…ぇ……?」

「二十年前の戦争が終わってコンラッドが『俺の傍にずっといてくれ』って言ったんでしょー? もう本当にしっかりしてよね」

くらりと地面が世界が揺れた。


『婚約』


俺とアリスが……?

信じられないその言葉に、俺は茫然と立ち竦んだ。
まったく記憶にない、それ。
ほのかに頬を染め上目遣いに俺を見る彼女の事など、すでに視界に入っていなかった。
ただ頭にあるのは、愛しい人の泣き顔だけだった。
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