ひとこと

□act.3 カンケイは
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思った通りだった。
ただ予想外だったのは、おれが思っていたよりも彼が怒っていた事。

「………それで? 話って、何?」

フカフカベッドに胡座をかいて、厳しい目付きの訪問者を見上げた。
ちなみに毎度お馴染みのネグリジェ姿の自称婚約者は、ただいま席を外してもらっている。

「どうして……ですか?」

「…………」

感情を極度に抑えた低い声。
おれに向けられた瞳からは、輝きが失われ暗い感情を滲ませている。
本音を言ってしまえば、そんな目を、顔をさせたくないし、見たくもなかった。
でもそれをあえて心の奥底にしまいこみ、平然とした顔でコンラッドを見る。

「はぁ…、その話? おれ異議とか一切受け付けないって言わなかったっけ?」

あっけらかんと言い放つその声は、なんの感情もこもってない。
こんなに冷静でいられる事に、おれ自身驚いてはいる。
意外と演技派だったみたいだ。

「俺の話を…っ」

「その話はあの時で解決済だよ、ウェラー卿。もう終わったんだよ」

そう終わったんだ。
おれとあんたの関係は。

きっぱり言い捨てるおれに、コンラッドは顔色をなくし立ちすくむ。
ズキンと胸の奥が悲鳴をあげた。

「…ほ……と、に……? 俺は貴方を愛して…っ」

ひどく震えかすれきった声。
ズキズキするそこから目を逸らし、おれは傷付いてなんかいないと思い込む。
彼の幸せを考えろ。
必死でその事だけを頭の中で巡らせる。

「ユーリ…!」

不意にアリスさんと笑いあうコンラッドの姿が脳裏に流れた。


これが彼に用意されている将来なのではないか。
結婚して、家庭をもち、子をつくり、その子に剣を教えたり、家族とどこかへ出かけたり。


おれと一緒にいれば、叶わない、幸せ。

何をためらっている?
彼に婚約者がいるなら、おれは身を引くのが当たり前だろう。
何もためらう必要はないはずだろう?

「ウェラー卿…」

さあ早くコンラッドの目を覚ましてやらなきゃ。
彼は彼女が傍にいなかったから、勘違いしちゃっただけなんだ。

「終わりだって言ったよな、おれ」

「……………ッ」

足下がガラガラと崩れていくのを感じながら、おれは去り行く背を見送った。

「…ごめん…、さよなら。コンラッド……」

静かに閉じられた扉の音と共に一筋の温かいものが頬をなぞり、落ちた。




苦しい。

あの日からそう思わない日はない。

「陛下、次はこの書類に」

「うん」

そしてあの日から、おれの傍にはヨザックがいる。
彼は婚約者と一緒にいるらしい。
らしいと言うのは、おれ自身の目で二人の仲を見ていないからだ。
ただ単に辛いから見ないだけで。
でも周囲の人たちから四六時中聞かされるから、見ていなくてもかなり辛いものがある。
自分でコンラッドの心を突き放しておきながら、と嘲りたくなった。

「――…おや、そろそろお昼時ですね。陛下、昼食になさいませんか?」

「あれ? もうそんな時間? ……うーん、おれあんまりお腹空いてないんだよね…」

心とは裏腹に呑気な口調で眉をひそめて見せる。
たぶんおれはいつもと変わらない態度で生活できているんだろう。
心がなくても生きていける事をおれは知った。

「またですかぁー? ここんとこずっとそんな事言ってますよね? なんか悩み事でも?」

ひょいっと顔を覗き込むヨザックに、別にないなぁと返す自分。
笑えるけど心はそこにない。
心はどこかへ置き去りにしたようで、体だけがいつもの生活を、行動を、録画したテープを再生させるみたいにおれを演る。
遠くからそんなおれを見ているような、そんな違和感がいつも付き纏った。
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