ひとこと
□act.1 ハジマリは
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「今、なんて言った?」
「ですから、わたしはコンラッドの婚約者です。今までわたしの代わりにコンラッドの傍にいてくださって、感謝いたします」
そう言って、目の前の女性は優雅に微笑むと軽く頭を下げた。
おれはうまく頭が働かず、息をするのも忘れてその動作を凝視する。
婚約者?
誰の?
代わりって何?
同じ単語がぐるぐると頭の中で反芻する。
「わたしが帰ってきたので、もう陛下の役目は終わりました」
「やくめ…?」
なんの事だ?
役目って、おれはなんにも。
「コンラッドの恋人役をしていただきまして、心から感謝しています。…では、わたしはこれで」
呆然として声も出せずにいるおれに、彼女は一礼すると颯爽と立ち去っていった。
残されたおれはいまだ理解できず、信じられない言葉に一抹の不安を沸き上がらせる。
彼女の言っていた、婚約者とは一体どういう事なのか。
そんな事、コンラッドは一言も言わなかったし、そんな人がいる素振りもなかった。
そう見せていたのかもしれない。
『わたしの代わりにコンラッドの傍にいてくださって…』
「代わり……なのかな? おれって…」
あの女性の。
好きだよって、愛してるって言ってくれた事も。
あの腕で抱き締めてくれた事も。
嬉しそうに微笑んでくれた事も。
「全部、あの人を想ってた…?」
嘘だと思いたいのに、できない。
おれはコンラッドを信じてるはずなのに。
「信じてる…。嘘だよな…、コンラッド」
膨らんでいく不安に耐えきれなくなって、自分で自分を抱き締めて蹲る。
寒くもないのに、体が震えて止まらない。
「コンラッド…ぉっ!」
おれの震えた声は、虚しく廊下を響かせるだけで。
これが……ハジマリだった………。
to be continued...