ひとこと

□act.7 ヨルは
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「へーか!」



ひどくご機嫌な声に呼び止められた。


やけにきれいな夕焼けが西側の窓から見えた。



「…アリスさん」

「ふふ、」

振り返った先にはやはり、声色をそのまま表したようににこにこと笑む彼女が、口元に手をあてて立っていて。
西日に照らされたその顔は、なんだか恐かった。

「おれに、何か用?」

とりあえず、そんなに親しいワケでもないのに抱いてしまった気持ちを、そのまま表面に出すのははばかられて。
なんでもないように装って、小首を傾げる。

「――、」

すると一瞬だけだけど、彼女の瞳の奥が鈍くひかったように見えた。

「へいか、これ見てください!」

「え、」

ひかったように見えたけど、それは彼女の瞬きにかき消されて。
次いで見てと掲げられた手に、そんなことはすぐに吹き飛ばされた。

「ぁ―――――」

「きれいですよね! コンラッドが選んでくれたんです!!」



それは。


それはそれは、とてもきれいに日の光を反射して輝いていた。


左手の薬指にはまるそれがどういう意味かなんて、あっちの人間なら一発でわかる。




「あちらではここにつけるのだと、教えてくれたんです」

ふふ、と微笑む彼女に返す言葉が出てこない。
半開きになった唇は渇ききっていて、喉もカラカラだ。






かくご、していたはずなのに。


きちんと受け入れていたはずなのに。





改めて見せつけられた彼と彼女の関係に、足元の床がガラガラと崩れていくようだった。

ふわふわと嬉しそうに頬を夕陽のそれではない色に染めてわらう女の人は、その存在自体が輝いているようにみえた。








それすらも、おれはかわりでしかなかったのか。










言葉が見つからないまま、アリスさんの左手を見つめて突っ立っているおれに、彼女は瞳を細めているのすら気付かない。


ガラガラ、ガラガラとひび割れて、崩れていくものがある。

あんだけ押し込めて塗り固めて隠したものが粉々になっていく。

それはアリスさんという彼女が来る前まで確かにあった、日常で積み重ねてきたおれとコンラッドの。


「陛下? いかがされました?」

「っ、」

ことりと首を傾げた瞬間、さらりと揺れる長い髪。
空気が動いたからだろう、鼻腔をくすぐった甘い。

はっとなって瞬く。

止まっていた時計の針が動き出すように、何も浮かべてくれなかった脳みそがようやく言葉を紡いで。
声帯と舌が、それを平然を装って吐き出した。

「そっか。良かったねアリスさん」


おれは今、笑えていれればいいなと思う。









あれだけ泣いて、おれは彼女の変わりだったんだと泣いて、ないて。

偽りでも愛を与えてくれた。

その彼がようやく本当に愛している人と愛し合えるのだと。


わかった気でいただけだった。


グウェンとかヴォルフの前であれだけ言い切ったのに。

心の深いとこが裏切っていた。




「やっぱり……、おれ………あんたが、」









きらり。

瞼の裏に焼きついた輝きがあった。


それはおれの胸に、秘かに輝いていたものだった。



いつの間にか彼女はご機嫌なまま去っていて。
残されたおれはぼんやりと。

もう太陽は沈み、濃い濃紺に染め上げられていく世界をただぼんやりと眺めていた。








すき。














to be continued...

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