鋼の錬金術師小説♪
□幸せの地 完結
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世界は幸せになりたい人で満ち溢れている、と思う。
声が聞こえる鳥篭に囚われる女の……歌声が。
「幸せになりたいの、幸せに……」
私は何となく、といった感じで酒場で謡う女の歌に耳をすませる。似てるのだ何となく私の願いにそれは。
イシュヴァールの内戦からあの人の心は何処かおかしくなっている、と思う。
もう随分前の戦争なのに……。
「幸せになりたいの御願い連れて行って約束の地へと、私の貴方」
切なく響く声、それは悲しく綺麗で透明で澄んだ旋律、しかし何処か狂った響きがある。
女は歌う、歌いつづける。
からん、と私の手元のグラスが鳴る。
「……ほお中尉?」
「……あら大佐」
「珍しいなこんなところで」
「私だって飲みたくなる夜くらいあります」
女が歌っている、場末の酒場。すると後ろから声をかけてきた男が一人。
前髪が長い、それをさらり、と男は掻き揚げる。まるで烏の羽ようなそれは漆黒。
「隣いいか?」
「どうぞ」
私はまたからん、とグラスを鳴らす。すると大佐は少し面白げに笑う。
「へえ、飲むこともあるのか」
「たまには」
「そうか」
からからと大佐が笑うと、悲しみの女の旋律の歌声がかき消される。しかし笑い声が途絶えるとまた歌が聞こえてくる。
「貴方がいればそこは幸いの地となるの」
「……感傷的な歌だな」
「そうですか?」
「何処か物悲しい」
大佐が漆黒の瞳を伏せた。
私の隣に座った大佐はカウンターでなんとなく、といった感じで女の歌に耳を傾ける私を見る。
「中尉?」
「……女の業のようですね」
「はあ?」
「……女の悲しみの歌です」
幸せになりたいの、連れて行って御願い、幸せの地へと……愛しい貴方がいればそこは楽園となる。
幸せの地へと連れて行って、幸せになりたいの……幸せに。
「幸せになんてなれるはずないのに?」
「どうしてだ?」
「……あら好きな人が傍にいても、幸せになれない女もいますから」
女の歌声に合わせて、私はクスクスと愉快げに笑う。その私の笑い声を聞いた大佐は訝しげに眉を潜める。
「女にとってそれは幸せでは?」
「いいえ、違います。私にとっては違います」
空虚な虚ろ、心の闇……感じるのは愛ではない。あるのは……私の中にあるのはなんだろうか?
私は大佐の端正な顔を見ながら考える。女性に好かれる……顔だなあ、なんて思いながら。