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風邪をひいた。




うわ風邪ネタ?
今時?今さら?そりゃないだろう!
‥というツッコミはこの際無しだ。





頭は痛いし、体は熱い。
私の代名詞であるはずの食欲でさえ、どこかに落としてきてしまったようだ。
だるい、つらい、きもちわるい。
風邪なんて嫌いだ。




「神楽ァ」




襖が開き、間延びした銀ちゃんの声が降ってくる。
天の助けか地獄の遣いか。
この場合は確実に後者だろう。




「‥何」

「なんか食った方がいいぜ、作ってきてやったから食えよ」

「ありがとう」




てっきりお粥か何かが出てくると思っていた。
普通そうだろう。どう考えたってそうだろう。私の思考は正しい筈だ。
しかし目の前に出されたのは苺の乗ったパフェだった。




「馬鹿じゃないの!?」




思わず怒鳴ってしまったせいで頭がくらくらする。
この男は悪魔の化身なのか。
風邪ひきにこってり生クリーム食わす奴がどこにいる!




「早く元気になれよ」

「うん?」




徐に銀ちゃんが呟いた。
見上げた顔はらしくもなく憂いを帯びていて、何だかこっちまで切なくなってくる。




「神楽が元気ねーと、俺の元気も出ねーよ」

「銀ちゃん‥」




キュン――。としかけて止めた。
危うく乗せられるところだった。
さっきの思わせぶりな憂い顔は何だったのか。
見上げた先にはにやにやと笑う、締まりのないオッサンの顔があった。




「この下衆野郎!」

「はっはっは」




銀ちゃんはその後もことある毎に私の安眠を妨害してきて正直迷惑だったけど。
寝込んだ時はなんとなく人恋しくなることをわかっていて傍にいてくれたのだろう。




――がしかし。




「銀ちゃんお願い、どっか行って!!」

「ははっ。このツンデレめ」




銀ちゃんの場合、傍にいてくれない方が早く良くなると思う。




待っててもデレは来ないけどな!




+++





「ぎ‥んちゃ‥」




血まみれの神楽が横たわる。
俺を呼ぶ声はひどく震えていて、喋る度にヒューヒューと喉が鳴った。




「神楽いいから、喋んな」

「‥かっ‥た‥」

「喋んな!聞きたくねーんだよそんな言葉!」




何度も何度も、涙が頬を伝う。
それを拭う俺の指も震えていた。




「神楽!死ぬなよ!帰ったら死ぬほどメシ食わしてやっから!」

「どっち‥ふっ‥」

「神楽!駄目だ神楽ァァ!」




待って、
嫌だそんなの、
駄目だ神楽、
死ぬな、死ぬな、死ぬな!!









「死ぬなァァァァ!!!」

「やかましいわボケェェ!!」




スッパーーーン!!!




子気味良い音が響き一気に覚醒する。
目の前にはスリッパを手に鬼の形相でこちらを見下ろす神楽。



なんだ‥夢か‥。




俺は額に浮かぶ大粒の汗を腕で拭った。
なんて夢だ、悪夢なんてもんじゃない。
トラウマになりそうなくらい最悪だった。









「という訳で神楽、今夜からは俺と一緒に寝ろ」

「は?何言ってんの?」

「うるせーもう決定事項だ」

「いやいや、嫌なんですケド」

「ゴチャゴチャ言ってねーで枕持って来い!」

「理不尽アル!」





あーだこーだ言って嫌がる神楽をふん捕まえて、俺の布団に押し込んだ。
神楽は往生際悪く、やれ狭いだのオッサン臭がひどいだのと喚いている。





「悪い夢でも見た?」

「まーな」

「それで一緒に寝るとかって安直アル」

「うるせーな黙って寝ろよ」

「狭いし臭いし、こんなとこで眠れないヨ。銀ちゃんでっかいベッド買うアル」

「どこにそんな金があるんだよ馬鹿ァァ!」






ズゴンと一発神楽の脳天に拳を叩き込むと、あれだけ騒々しかった神楽が一瞬で静かになった。
何だ、嫌だ嫌だ言いながら寝心地いいんじゃないか。





でもまぁ、
もう二度とあんな夢を見ずに済むのなら、キングサイズでも何でも買っていいかもしれないと
安らかな神楽の寝顔を見ながらそう思った。





もしも願いひとつだけ叶うなら
君のそばで眠らせて



+++





私だって、女だって
男の○○に飛び付きたくなる時が、ある





「銀ちゃんッ!」

「うぐぉッ!!」





ありったけの愛をこめて、私の体全部でダイブ・イントゥ・ザ・バック!!(背中)





「ヤメロ苦しい!子泣きジジイかテメェは!」

「嫌ッ!離さないアル!銀ちゃんの背中は私のものアル!」





欲を出せばち(ピーッ!!)まで私のものだと断定してしまいたいが、悲しきかな片思い。
このご時世、草食系男子が絶賛増殖中な中、肉食系女子が嫌煙されるのは仕方のないこと。





「口に出すな!俺のどこが草食系だ!だいたい女がち(ピーッ!!)とか言うな!」

「銀ちゃん‥私のこと女として見てくれてるの?」

「超ポジティブシンキングだなお前」

「恋する乙女は無敵アル!銀ちゃん好き!結婚して!」

「ぐグぐ‥ぐびをじめるなッ」





この広い背中も、逞しい腕も、死んでるんだか腐ってるんだかわかんない目も、立派な逸物も‥
全部、全部私のものアル!





「銀ちゃん、いつか‥近いうち絶対振り向かせるからネ!」

「縮まった?今縮まったよね?チョット俺まさかの貞操の危機?」





いつも逆だから、たまには神楽に好き好き言わせてみた




+++




「気持ち全部が100として」

「ストップ。どんだけ私のこと好きとかナシな」

「くだらねー。ンなこと聞くかヨ」

「じゃ何だよ」

「100のうち、どれだけの自分で生きてんだろと思ったアル」

「いきなり重たくなったな」

「今いる私、昔の私、それぞれどれくらいなんだろ」

「必死こいて生きてきたもんを数字に換算しようとすんなよ」

「やり残したくないアル。いつだって全部の自分でいたいアル」

「余ってたってよくね?」

「なんで」

「全部が全部、前だけ見ていけるわけねーだろうが」

「だからそれを出来るようになりたいアル」

「出来る奴なんかいるもんかい」

「嘘!じゃ自分はどうなのヨ」

「俺?俺なんか20がせいぜいだろ」

「それこそ嘘!だって銀ちゃんっていつも何だかんだカッチョイイとこ持ってくアル」

「俺が100出したら大変なことになるぜ‥」

「ヤな感じ!」

「ま、お前のことは100だけどな」

「‥‥え?」

「いやだから‥100‥だって‥」

「‥‥もう一声!」

「‥120‥?」

「つまり?」

「俺全部でも足んねーって言ってんだよ、ボケ!」





「ぃやったああああ!」

「チッ!!」





「‥‥へ?」

「新八!私は聞いたアル!銀ちゃん言ったヨ!」

「ああもう!この色ボケ侍めが!」

「‥え?え?」

「賭けは私の勝ちアル!ホレ新八!」

「わかったよ!」

「‥あの、どゆこと?」

「神楽ちゃんと賭けたんですよ。銀さんが『カップルにありがちの糞こっぱずかしい質問』に答えるかどうかで」

「最初『そういう質問ナシな』とかカッコつけてた割にあっさり吐いたアル」

「しかも120とか。有り得ない有り得ない」

「仕方ないヨ。銀ちゃん、私のこと好き過ぎて脳みそが腐ってるアル」

「意外と引っ掛からないと思ったのになー‥、やっぱり腐っても銀さんだったか」

「‥お前ら‥覚悟は出来てんだろーな‥」




ただ俺が辱められただけでした。




+++




――センセイの彼女ってどんな人?



グルグル眼鏡の奥に隠された目が、何か悪戯を思い付いたように光ったのは気のせいか。
そんなことに興味持つなよ。と返してやれば
そりゃそうだ。と素っ気ない反応しか戻って来なかった。




「気になんの」

「そりゃネ、思春期ですから」

「なんでそんなこと生徒に教えなきゃなんねーんだ」

「アハハ。だって」





センセイって、ひどい男だろーと思って。


そう行って教室を出て行ってしまった彼女の姿を見送って
ひでー言い草だなと愚痴みたいに零した。


吐き出した煙草の煙に誤魔化して
苦し紛れの溜息ひとつ。






「ジョシコーセーって、最終兵器だよな」

「何それ、誘ってンの?」

「誰がお前だっつったよ馬鹿」

「ぎゃふん!」





今日も今日とて、俺を構いにくる神楽。
僅かな距離まで詰めてきて、そのくせに絶対に触れたりしない。
圧倒的な境界線を引かれている現実に
こいつはいったい俺の何を試してんだと言いたくなる。





「お前のいうとーり、俺はひどい男だよ」




カノジョがいようがいまいが平気でほかの女と寝るし。
嘘に嘘を重ねては、今まで泣いた女を何人も見捨ててきた。




「なんで私にそんな話すんの」

「さぁ。神楽に、きいて欲しかったんだろ」

「ふーん」




白い頬に指を滑らせると
眼鏡の奥の目がまた、ギラリと光った。
その真意を探るみたいに顔を近付けたら
やっぱり俺を試すように静かに瞼が閉じられた。





「キスしていいの?」

「センセイが、私だけって誓うならイイヨ」




最初から期待してないけどね。
いっちょまえに挑発してくる口振りと、意外と長い睫毛の影にぞくりとした。




唇が触れる直前
今までの自分を振り返って一瞬だけ動きを止めたが
そろそろ自分もちゃんと大人にならなきゃなぁと観念することにした。





今度は愛妻家




+++




「俺に近付くなと、銀時に言われたか」





あの時、自分は高杉のこの言葉に首を横に振った。





嘘を吐いた。


本当は近付くなとかたく言われていた。
「あいつは危ない、だから近付くな」
お前が心配なんだと、銀時はどこか苦しそうに自分にそう諭した。





「俺のことが、知りたいか」





向けられた言葉に、自分はまた首を横に振った。
今度は本当だった。
この男を知ることは百害あっても一利もないと、本能でそう嗅ぎ取っていた。
それを告げてやると高杉は心底可笑しそうに笑った。


さすがは銀時のガキだぜ。



嬉しそうに自分に伸ばされる手を、神楽は受け入れると決めていた。





「気持ちがわからないアル」





そう言うと高杉の顔から笑みが消える。
無言の圧力に、その先を促された。





「気持ちが、感情が、どこにあるのかがわからない」

「奇遇だな。俺も同じだ」

「触れたいと、触れて欲しいと、思う気持ちは確かにあるのに」

「好いた惚れただの、糞くだらねぇことを言うつもりか」





また同じように首を横に振ると、高杉もまた同じように口元を吊り上げた。
愛しいだの、恋しいだの
そんな甘ったるい感情に浸る気など初めからないのだ。





「よくわからない、だから嵌るアル。きっとお互いに」

「今、お前のことをめちゃくちゃに抱いてやりてぇよ」





来いよ。

そう言って高杉はこちらに手を差し出した。






私は躊躇いながら、それでも彼のその手を取った。




end.

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