12/27の日記

16:03
小十佐。狐パロ続き
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武田の忍が泣き崩れ、そのまま意識を失ったので近くにある己の屋敷に運び込んだ。それはいい。いいのだが。
「…………」
「…………」
真田にものすごく睨まれている。
「……言っておくが俺は何もしちゃいねぇ」
「ならば何故!!佐助があのように取り乱すなど、普通ではありえませぬ!!」
「まぁ、普通じゃねぇなぁあの様子は。小十郎、昔何かあったとかねぇか」
「初対面です。おそらく人違いではないでしょうか、誰かの名を呼んでいましたが」
「…世の中にこんな顔がもうひとつあるってのかよ」
「政宗様」
「…Sorry」

溜息を吐いた。何だかんだと結局政宗様は政務を行ってくださらない。しかしそれにしてもあの忍、初対面だと言うのにどことなく懐かしい気持ちがするのは何故だろうか。あの目立つ色の頭は戦場で幾度か見えた記憶はあるが、きちんとした顔合わせは未だ無かったはずだ。だというのに。

「……とにかく、政宗様は城へ」
「Ah-ha?」
「戻るとおっしゃいましたな」
「………ちっ。わぁーったよ!真田幸村、お前はどうする?城の方に来ればそれなりの歓待してやれるぜ?」
「しかし、佐助が…」
「ずんだ餅も用意してあんだけどよ」
「参りましょう伊達殿!片倉殿、佐助をお頼み申す!」
「O,K!Let’s party!」
「れっつぱーりぃでござる!」
「………」
砂埃を舞い上げながら走り去る二人を見送り、小十郎は深く息をついた。無性に疲れた。
忍の様子を見に行って見ると、すうすうとよく眠っているようだった。気配に鋭敏なはずの忍がこんな暢気に寝てていいのかと思いながらもその柔らかな毛並みをゆっくりと撫でる。
……………
…………………毛並み?
まふりと己の目の前で揺れているのは、狐の尻尾だった。
「…………!!!!」
声もなく後退ったら、気配でも察したのか忍びがゆぅるりと目を開く。

「…………」
「…………」
お互いに声も無かった。だが、忍びの目がみるみる見開かれて、かと思えばじんわりと潤みだす。また泣かれるのかとひっそり冷や汗を流せば、予想に反して忍びは涙を流さず、徐々に顔を青褪めさせていった。
「―――そんなわけ、ないんだ。あの人が生きてるはずないってのに…」
真っ青な顔で、唇を噛みしめながら確かめるように言葉を発する忍に、己の中の何かがごとりと動いた。

「…悪かったね、人違いだ。迷惑かけて申しわけねぇ」
兎に角申し分けなかった、と頭を下げる忍を制した。別に謝って欲しくて介抱したわけじゃないのだ。
「改めて自己紹介といこうや。俺は奥州伊達軍、片倉小十郎」
「ああ、独眼竜の…そうか。えらい人に迷惑かけちまった…」
「真田の忍は名乗り返すくらいの礼儀も持ち合わせちゃいねぇのか?」
「…忍の名なんざ知ってても何にもならないさ。まぁ、一応真田忍隊の長をやらせてもらってるよ」
「はぁん…真田忍、猿飛佐助か。有名だぜ」
「やだなぁ…」
心底嫌そうに顔を歪める忍に笑いがもれる。何とも表情豊かな忍がいたものだ。と、そういえばあの尻尾は何だったんだと思い出したが、今見て見ると尻尾などどこにもない。はて夢でも見ていたのかと眉間に皺を寄せていれば、猿飛が息を詰めるように呼気を漏らした。
「どうした」
「ごめ、違うんだ。知り合いに、似てて。それだけ、それだけなんだ」
眉間にいっつも皺寄せててさ、アンタとそっくりな顔してむっつりと本読んで…ああ、本当にそっくりだ、くそ、顔なんて忘れてたのに、どうして今頃…どうしてアンタそんなそっくりなんだ、顔も声も臭いも何から何まで!
息を乱して声を荒げる忍が大層哀れで、そっと頭に手を置いて撫でてやった。幼子じゃないと突っぱねられるかと思ったが、忍は堪えきれないと言う風にぽろぽろと涙をこぼした。
しかし、己は忍の頭から目が離せないでいた。
耳、が。
獣の耳が、頭からにょきりと生えている。
「て、テメェ…」
「ふぇ?あ、ああああ!!ま、待って!違、今のなし!!」
「ふざけんな!さっきの尻尾も夢じゃねぇな!?」
「尻尾まで見られてたぁぁあああ!!」
頭を抱えて、やべぇどうしようばれた殺されると嘆く忍びの尻からはやはり狐の尻尾がふよふよと揺らめいていた。

「テメェ、狐か」
「…うん」
あれから「もう駄目死ぬ殺されるごめん旦那先立つ不幸をお許しください…」とさめざめと咽び泣く忍びを一発殴って向かい合う。殴られた頭を擦りながらしょんぼりと耳と尾を垂れる姿は妙に滑稽だった。
「真田はこのことを…」
「知ってるよ。っていうか真田の旦那しか知らない」
「ああ…まぁ化け狐を飼ってるなんざおおっぴらにはできねぇだろうがなぁ…」
しかし真田が知っていてあの甲斐の虎が知らぬとは思わなかった。真田幸村が、甲斐の虎に隠し事とは。
「別に隠してるわけじゃねぇよ。大将だって忍びの出自なんざわざわざ聞きやしない。だから旦那も敢えては言わない。それだけのこと」
「……化け狐ってのは心が読めんのか」
心の内の疑問にさらりと答えられてぎょっとしたらば、忍びは「ただの年の功さ」ところころ笑った。いくつだテメェは。
「知りたいかい?」
にんまりと人を食ったような笑みを浮かべてくる忍び…或いは本当に人をも食っているのかもしれないが…に、渋い顔をして、首を振った。これ以上この忍びのことで頭を悩ませるのは願い下げだ。忍びは意外だったようでひょこんと耳を動かしてこちらをまじまじと見ている。
「あれ、知りたそうな顔してたのに」
「テメェがどんだけ若作りだか知ったところでなんの益になるってんだ。おら、体調がいいようだったら政宗様の城に向かうぞ。真田もそこにいる」
忍びは返事の変わりに尾と耳を隠した。ほんの少しもったいないと思うのは、触った毛並みが思いの外柔らかく気持ちよかったからに他ならない。


「さ、さすけええええええ!!大事無いか!!」
「ああ、うん。心配してくれてありがたいんだけどね、手に餅を持ったまま抱きつかないで頼むから」
城についた途端、忍びは主に盛大な抱擁を受けていた。見ようによっては感動の再会なのかもしれないが、真田の手に握られた餅が色んなものを台無しにしている。周りの雰囲気だとか、忍びの衣だとか。
「Hey、忍び。お前いつもあんな情緒不安定なのか?」
「んなわけないじゃん。あんたの右目が異常に知り合いに似てたってだけだよ」
「へぇ…そんなに小十郎に似てんのか。どんな奴だ?」
「……旦那には話したっけね」
「む?」
ちらり、とこちらを見て、ひとつなんとも言いがたい表情を浮かべた忍びは、「あの人との出会いは」と切り出して
「足を怪我して動けない俺様を無理矢理浚ってあちこち撫で回されてあんなことやこんなことをされたことが」
「破廉恥ぃぃぃいいいい!!!!」
「うるせぇぞ真田幸村ァアアア!!!!」
びりびり、と主たちの絶叫が青葉城に響き渡った。


「それにしても、小十郎がそんな犯罪めいたことをしでかすたぁ…」
「人違いです」
「そうそう。もう何年も昔に死んでるんだよ、その人」
「…そんで、思い出しちまって泣いたのか」
「……そんなところさ」
少し決まり悪げに居住まいを正す政宗様はよく誤解されがちだが心根のお優しい方だ。この方に仕えていられる僥倖をしみじみとかみ締めた。それにしても忍びの野郎は目を細め、こちらを懐かしげに見てくる。いつ泣き出されるかわかったもんじゃねぇ、と眉間に皺を寄せた。
「優しい人、じゃあなかったかもしれない。いちいち乱暴でさ。でも、情に厚い…うん、優しい人だったんだよ。結局は」
「…Sexual harassmentかますような奴がか?」
「せくしゃる…?」
「性的いやがらせ」
「はっはれん…ッ」
「旦那は大人しく餅食ってな。…いや、傷の手当の為に色んな所触られたってだけ」
「何だよ、デキてたんじゃねぇのか」
「……デキちまってたらあの人犯罪だよ…」
渋い顔で、なおもこちらを見てくる忍びに苛々が抑えられず、舌打ちをかましていた。びくりと肩を震わせるそいつを視界から閉め出して、茶を啜る。
忍びの語る男は、似ているというだけで自分のことではない。あくまで人違いに過ぎないのだ。だというのになおも懐かしそうにこちらを見てくるそいつが腹立たしい。さんざん泣いて納得したんじゃねぇのかと怒鳴ってやりたいところを、主の手前、ぐっと我慢する。

「死んだ人間にいつまでも未練もってたってしょうがねぇだろうが。女々しい野郎だ」
だが、これくらいの口撃は勘弁してほしい。俺は誰かに重ねられるなんてまっぴらなのだ。


あれから、旦那と独眼竜は手合わせという名の交流を深め、頻繁にお互いの領地を行き来することになった。もちろん、俺様も旦那の護衛として赴くから、どうしたって彼の人と、片倉小十郎と顔を合わせることになる。
懐かしい臭いは居心地が良く、俺様としては仲良くしたいのだけれど、あの人は故人と重ねられることが酷く不愉快なようで、よく機嫌を損ねてしまう。それでも、空いた時間に茶を入れてくれる程度には仲良くはなれたんだろうと思うと少し嬉しい。
「…忍び」
「うん?」
「そいつの死に目はどうだったんだ」
ぽかんと右目の旦那の顔を見返した。これまで一言だってあの人のことを聞いたりしなかったのに、なんの気まぐれだ。
右目の旦那は目線をそらして、ぽつりと言葉を落とす。
「テメェは、どうやらそいつの死を認めてねぇみてぇだからな」
「そんな、こと…」
「だから、そいつが死んだってこと、もう一度思い出せば、俺と重ねるなんて不愉快なこともしねぇだろ」
誰かに話して、納得できることもある。と、思いの外優しい声音で話してくるところすらあの人の影を探してしまう。本当に、どうやら自分はずっと彼の影を引きずっているのだといたたまれない気持ちになった。それを30も生きてない若造に指摘されるなんて!
「…不服そうだな」
「別にそんなことはないよ。……あの人は、戦で後ろからばっさり斬られて。そんで」
「死んだのか」
「ああ…いや…?」
そういえば、闇を呑み、呑まれている間に何十年と時間は過ぎていたが、自分はいつあの人の傍から離れたのだろう。あの人の闇を食っていたわけだから離れるはずなどないのに。そもそもあの人はいつ死んだ?俺が闇を取り込んでいる間、あの人は一体どうなって朽ちていったのか。
ああ、俺はそれを知らないのだ。
「おい?」
は、と我に返る。そこには怪訝な面持ちのあの人が…否、片倉小十郎がこちらを窺っていた。へらりと力ない笑みを浮かべて首をふる。今更そんなことを考えたところであの人はもういない。わかっている、あれからとうに人の寿命より遥かに長い年月が経っていて、どうしたってあの人は死んでいるのだけれど。

「わかんない。あの人がいつ死んだかなんて、俺は知らないんだ」
そのせいで、いつまでもあの人の影を追いかけているのだとしたら、酷い話だ。過去に還らない限りどうしようもないことだから。
渋い顔で押し黙ってしまったその人を見て、苦笑する。もうどうしようもないのなら諦めてもらうほかない。こんな思いをするのも精々五十年かそこらだろう。
「あ」
「どうした」
ぱちぱちと瞬いて、目の前の強面をまじまじとみつめる。そうだ、あの人の死に目を見ていないから影を追うというのなら、眼前にいるこの男の死を見れば。あの人に良く似た、いや、そのままの気配をまとったこの男が死んだ瞬間、俺様はきっとあの人の面影から開放される。そのはずだ。
勇んで、そのことを告げようと口を開いて、閉じた。
「なんでも、ないよ」
結局、告げることはしなかった。どうせ彼は代用品に甘んじてくれはしないだろうから、許可を求めても無駄だろう。勝手に付きまとって、勝手にこの男の最期を看取るだけだ。この男にははた迷惑な話だろうが。



真田の忍びがやたら寄り付くようになった。

「……また来やがった」
「やっほ、右目の旦那。近いうちに死ぬ予定はないかい?」
「縁起でもねぇ。ぶっ殺すぞ」
「おお怖。冗談だって」
挨拶のように死ぬ予定を聞いてくる忍びに最初は青筋を立てたものだが、最近は最早慣れてしまった。それにしても
「尻尾くらい隠さねぇか」
「ええ?今更じゃん。アンタさんざん見ただろう」
「他の者に見られたら退治されちまうだろうが」
「ヒトの気配は近くにないよ」
「……」
ここまで気を抜くのもどうなんだ、と思わずにはいられない。複数の尻尾を揺らめかしてだらりと寝そべる姿は脱力という言葉がぴったりだ。
それにしても解せないのは、この忍びの目的だ。主が奥州に来なければ寄り付きもしなかった奴が、何の気まぐれか、任務だなんだとちょこちょこ顔を見せに来る。かつての思い人に重ねて懐かれたのか、と思いきや鬼籍の予定を尋ねてくる非情ぶり。全く、畜生の考えるこたぁ分からねぇ、と嘆息した。
「てめぇは何でこうもつきまといやがる。取り憑いてる先は真田じゃねぇのか」
「おや、迷惑かい?」
「迷惑だっつったらやめるのか」
「まさか!そいつぁ失礼の一言くらい添えるかもしんねぇけど」
「…どうせ化生のもんだ、叩っ斬っちまってもかまわねぇか…?」

うそうそ!ごめんってば!と笑いながら謝る忍びに、抜きかけた刀を納める。どうも変に馴れ合ってしまいむず痒い。しかし決して居心地が悪いわけではない。
「そうだ」
ふと思いついて忍びを見上げる。傾げる頭の上にはひょこんと狐耳が立っている。
「申しわけねぇと思うなら、耳と尻尾触らせろ」
過去に触れた感触を思い出しながらにんまりと笑えば、忍びは盛大に顔を引きつらせた。


尻尾を弄られながら、佐助は嘆息した。何故こんなことに。
背後では右目の旦那が上機嫌に(すこぶる分かりにくい)佐助の尻尾を揉んでいる。もう一度、はふ、と大きなため息を漏らした。
「何だ、感じてやがんのか」
「ちょ、気持ち悪いこと言わねぇでくんない!?」
あんまりな発言に尻尾を逆立たせて抗議すれば、大層喜ばれた。尻尾が膨らむのが面白かったらしい。
「大体なんでこんなことに……旦那、獣の尻尾触って楽しいかい?」
「おう。嫌ならてめぇがここに寄り付かなきゃいい話だろうが」
「それはそうなんだけど…」

もう少しなのだ。もう少しで片倉小十郎は命を落とすだろう。彼の体に纏う負の気がそれを佐助に教える。

「そうだ。右目の旦那、近々死にそうな戦があったりしないかい?」
「またそんな縁起の悪いこと言いやがる…」
「まぁまぁ。で?」
「てめぇで調べろ、忍。…もっとも、俺がそう簡単にくたばるような戦はそうそうねぇと思うがな」

不敵に笑うその男の後ろでは死の影が蠢いている。佐助は笑いながらもじぃとそれを見ていた。


戦は、あった。
ここ一番の大戦というわけではないが、同盟国の武田に呼びかける程度には梃子摺る戦。真田も出兵し、忍隊が長の佐助も木々を飛び回り、諜報の役を担っていた。常ならば、情報は主たる幸村に伝えるが、今回伝えるべきは伊達。佐助は幸いとばかりに片倉の傍に控えた。
確証はない。だが、片倉小十郎は今回の戦で命を落とすだろう。佐助はその瞬間を待ち続けた。

「旦那、このまま突っ込んだら伏兵に挟まれる。迂回したほうがいい」
「ああ?うちの忍からはそんな連絡こねぇぞ?」
「…信じる信じないはそちらに任せるさ。忍びのお仕事はただ情報を与えるだけ。どうする?」
「……政宗様に連絡を」

仕事に手を抜いたつもりはない。情報は信用できるものだった。だが、最終的に伊達軍は身内を信じた。片倉小十郎は物言いたげな顔をしていたが、出された結論に従う。兵とはそういうものだ。

当然、伏兵は居た。真田の忍びは皆優秀であり、伊達の黒脛巾組など比ぶるに及ばない。伊達の者も何人かはそう思っているはずだ。だが、身内を信じず外部の忍を信じるのは色々と障りがあるのだろう。面倒なことに。
伊達の陣は瞬く間に崩れ、いまやただの泥臭い混戦と成り果てた。悲鳴、咆哮、怒号、嘶き、斬撃音、交じり合って酔いそうだ。敵と味方の判別も難しく、同士討ちも少なくない。
佐助は良すぎる耳を押さえながら、片倉の姿を探していた。見つけるのに苦労はすまい。右目と左目は対であり、伊達筆頭を探せば確実にそこにいるのだろうから。伊達筆頭を探すのならばもっと易しい。一番敵味方が乱れ沸き立っているところを探せばいい。何せ敵方首領だ。討ち取らんと沸き立つ声はさぞ多かろう。

「く、政宗様!ここは一時撤退を!!」
「It’s a joke!!あいつら見捨てて行けってのか!」
「その御身をお捨てになることこそあいつらへの裏切りだと分かりませんか!!」
「だが…ッ」
「叱責は後で受けましょう、今は撤退を!」
伊達の顔が歪む。頭では理解していても感情が追いつかないのだろう。片倉も主の気持ちをよく理解して、その強面はいつも以上に固かった。
伊達を乗せた駿馬が走り去るのを横目に、片倉は刀を構える。情報は、あったのだ。あの言葉をもっと重く受け止めていればこんなことにはならなかった。片倉は自分の不甲斐なさに刀を強く握り締めた。
(せめて、足止めを。伊達の元へは行かせまい…)
己を囲む鈍色の刃を睨み付け、片倉は吼えた。
「てめぇら…死にてぇ奴からかかってこいやぁ!!」

佐助は見ていた。片倉の奮闘を。
多勢に無勢、あまりに不利な状況に、それでも片倉の気は萎えることなくいっそうの激しさを持って多くの兵を殺していく。時には足や頭突きなど、侍とは思えぬような粗暴な戦い方で孤軍奮闘している様を、佐助はただじいと見つめていた。
じきに片倉は死ぬだろう。今なお烈火のごとく暴れてはいても、無傷というわけではないし、所詮一人だ。数で攻められたらいずれ墜ちる。その瞬間を、佐助は見逃すわけにはいかなかった。

「ぁぁあああああ!!」
「しまッ…」

思わず身を乗り出した。背後から迫る殺気に反応すれど、刀は骸に突き刺さったまま抜けなかったようで、中途半端な体制で止まってしまった。
奇しくも、その体制はあの人の最後の瞬間によく似ていた。

(……あぁ、これで)

――――開放される




「て、めぇ…」

どん、と鈍い衝撃に崩れ落ちる。元より体力も限界だった。そうして顔を上げれば目の前が真っ赤に染まり、びしゃりと赤いものが空を舞った。

「は、油断大敵、ってねぇ…」
「しの、び…?」
胴の辺りから生えた刃がずるりと抜け、狐の口からは血がぼたぼたと垂れた。

「ああ……しんどい。こんな怪我したの、何十年ぶりだろ…」
「おい、おい!忍び!何の冗談だそりゃ!」
気づけばあれほど大量にいた敵兵は一人残らず息絶えていた。しかし、今はそんなことどうでも良かった。恐らくこの忍びは自分を助けるために身代わりになったのだ。
「どういうつもりだ!てめぇ散々俺の死に様を待ち望んでいやがっただろうが…ッ」
「ああ、そのつもり、だったんだけど、ねぇ…」
直前に気づいた。自分はずぅっとあの人を助けられなかったことを悔やんでいたのだ。背後に迫った刀に気づいていたのに、足が竦んで動けなかった。警報の声すら上げることもできなかった。それが口惜しかったのだ。ずっと、ずっと。手慰みに忍の術を覚えたのも、人に化けて戦に慣れたのも、百余年経っても忘れられぬあの人をいつか助けんがためであったと――

「今度こそ、助けられた。ああ、満足だ」

心底満ち満ちた笑みで目を閉じる狐に、片倉は激昂した。

「ふざけるな!俺はてめぇの知るそいつじゃねぇと何度言やぁわかる!俺は片倉!片倉小十郎影綱だ!!てめぇは!まったく別人を助けたんだぞ!?そんなんで満足できるのか畜生が!俺は!俺は!!」

横たわる忍を掻き抱いて、片倉は項垂れる。全身傷を負い、呼吸するたびに激痛が走るが、ただただ、心の穴が虚しかった。

「俺は、まだお前に何も言ってねぇ…名すら、呼んでねぇんだぞ…!」

辺りに漂う闇はすべてを包み込んでそこに在る。


「…………」
「…………」
佐助は、生きていた。そして最高に気まずい状況で目を覚ましていた。
あの刀に貫かれた瞬間、佐助は闇を辺りの兵たちに飛ばしていた。一時は瀕死に陥ったものの、ここが闇属性のお得な所で、周囲に居た多くの兵士の命を喰って、傷の修復を成し遂げたのである。伊達に百年も死線を潜っていないということだ。
そうしてはぁやれやれ酷い目に合ったと目を開けた瞬間、片倉のあの慟哭であった。ええと、本当すいません。タイミング改めてもう一度起きるんで、その人でも殺せそうな視線をどうにかしてもらえませんか。
「………佐助」
「は、ひゃい!!」
「生きてたか」
「え、と…どうにか…」
「佐助」
「はいっ生きてます!生きてますから!殺さないで!!せっかく生き延びたのに!」
「佐助」
「うひぃいい…い?」
「佐助」
ぎゅう、と抱きしめる腕に力が篭もる。右目の旦那?と呼びかけてみればいっそう力が強くなった。痛い痛い。
「小十郎」
「へぇ?」
「小十郎、だ。覚えておけ、俺の名前だ」
「あ、うん。小十郎さん?」

満足げに笑う片倉に、佐助は首を傾げた。人間ってよくわからない。

その後、真田の忍び頭に伊達の家老片倉小十郎が何くれと構う風景がよく見られるようになったのは別のお話。

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