12/27の日記

10:45
フリアエ難しいな!
---------------

兄さん、兄さん。大好きお兄ちゃん、抱きしめて、私を求めて。お兄ちゃん、たったひとりの、私の、私だけの。


帝国兵がここまで乗り込んできた。イウヴァルトがどうにか凌いでいるけれど無駄だろう。傍目にもその劣勢がよくわかる。私はここで死ぬのだ。
外を見れば連合の兵士が散り散りになって殺されていく。数少なになってしまった残兵が果敢に戦うも、帝国のその圧倒的な兵力差にその勇姿は無力に終わる。そもそも残りの兵が如何様にがんばろうと、貴方がたが守ろうとしている女神は直に殺されてしまうのだ。ならばせめて、生きるために逃げ出してくれないだろうか。女神を守るという使命を諦めてはくれないだろうか。私は既にすべてをあきらめている。
イウヴァルトが弾き飛ばされた。だいぶ息が上がっていて、もう体力の限界なのだろう。結局大した時間稼ぎにならずとも、この複数人相手によく頑張った方だと思う。
「フリアエ!!」
イウが絶望の表情を浮かべる。私の表情は変わらない。だって怖くないもの。悲しくないもの。私が怖いのはもうたったひとつだけ。
剣が振り下ろされる。静かにその時を待とうとして、目に入った光景に息を呑む。イウの叫び、帝国兵の剣の煌き、そして、そして。
赤い飛沫を跳ね飛ばしながら部屋に飛び込んできたのは見間違うはずも無い、兄だった。足の力が抜け、その場にへたり込んでしまう。
ずっとずっと思い浮かべていたのだ、兄さんがここに来るのを。迎えに来るのを!もういいんだ、そう言って手を差し伸べてくれるんだと、女神に就任したての頃はよくそんな夢想を思い描いていた。その兄さんが、そこに!ああ、なんて!
帝国兵も、イウも、身体中を襲う激痛ですら、もうどうでも良かった。兄さんが私を見ている、それだけで私は満たされてゆく。
呼びかけたい。兄さん、そう言って昔みたいに抱きつきたいのに。元より血なんて気にしない。硬そうな甲冑ごと抱きしめてあげたいのに、固まったまま動かない体がもどかしい。
「…お前、声が?」
イウの声に我に返る。そういえば兄さんはここに来てから一言も喋っていない。久しぶりすぎる再会に戸惑っているのかとも思っていたけれど。
示された、舌に刻まれた紋章にどうしようもない黒い感情が浮かんだ。その感情の正体がつかめないままイウは話を進めていく。
私はどうでもよかった。エルフの里だろうと妖精の谷だろうと。結局私は死ぬのだもの。帝国にか、体の痛みにか、私は死ぬ。だから私のことはどうでも良かった。大事なのは兄さん。兄さんがいればどこだって良いのだから。
これからの辛い旅への慰みに、イウの美しい歌声が部屋の空気を震わせる。そしてそっと支えられる愛しい兄の腕。
この瞬間だけ、私は満ち足りていた。幸せだった。体を震わせる喜びを感じ、ほうと息を吐く。
ああ、それでも。兄の舌に浮かんだ禍々しい紋章、あれだけが唯一の異物だ。あれだけがこの完成された幸せの中において、邪魔以外の何物でもなく、いっそ憎しみにも似た感情が私の中で渦を巻く。
できることなら、私はその舌を切り落としてやりたいという昏い欲求に苛まれながらも、今だけはイウの歌を聴いて兄の腕だけを感じて、そっと眼を閉じ外界を遮断する。

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ