11/26の日記

14:57
秋季
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「……ッ」
凄まじい臭気が立ち込めている。トランの古城、地下の石牢には死んでから随分経っているであろう屍体が無造作に積まれていた。
スパイでもしていたのか、暗殺者の類か。ひょっとしたらただのこそ泥かもしれない。何にせよ、解放軍の頭である自分に知らせが行き届かない程度の囚人なのだろう。だとしたらずっとここに放置というのは些か酷な扱いではないだろうか。
あの戦争のゴタゴタですっかりその存在を忘れ去られてしまった哀れな屍体は、がらんどうの眼で恨めしげに見てくる。何をしたのか知らないが、あまりにも寒々しい情景だったので湖にでも沈めて水葬してやることにした。次いで言うならその場に立ち込める臭いが堪らなかったからというのが概ねの理由ではあるが。
元々がっしりとした体つきだったのだろうが今は腐って溶け始めている。腕は軽く引くだけでずるりと抜けるので運ぶのにえらく困窮したものの、どうにか全てを湖に投げ捨ててしまえば漸く一息吐けた様な気にもなる。
血と体液で汚れた手を洗い、さてこれからどうしたものかと顔を上げれば見知った顔がこちらを睨んでいた。
「………」
「………」
「………」
「……やぁ久しぶ」
「臭い」
どうしろと。
友人の相変わらずな発言に苦笑しながらも軽く手を振る。
「久しぶり。元気にしてた?ルック」
「酷い臭いだ。何してたの、君」
「死体処理をちょっとね」
盛大に眉間に皺を寄せてあからさまに距離をとるルックは相変わらずなようだ。
「忘れ物取りに来たんだろう。僕が預かってるよ」
ほら、と手を掲げてみれば現れるグレミオの形見。それにしてもルックが斧を持つと異常に凶悪に見えるのは何故だろう。
「今失礼な事考えなかった?」
「滅相もない」
しかも勘も鋭い。
ルックはまあいいや、とグレミオの斧をこちらに 投 げ た 。
「ッッとぉ!?る、ルック?!斧投げるのは危な…ッていうかこんな重いものよく投げれ…」
「いちいち失礼だね、君は。君があんまり臭いからこれ以上近寄りたくないんだよ」
「失礼って…ルックに言われたらお終いだと思う…」
甚だ失礼な事をほざくのはどっちだか。嘆息しながらもグレミオの斧を眺める。あのゴタゴタの最中、逃げるのに必死で忘れていってしまったもの。こんなにも大切な物だというのに。
ああ、何だ。これもあの囚人たちと同じなのか。
ふと思いついて思わず笑いが零れた。それを見たルックが気味悪そうに一歩引いた。本当、失礼なのはお前のほうだと思うよ?
「じゃあ僕はこれで戻るよ。あと、君本当に臭うんだけど。何とかしたら?」
言うだけ言ってルックは帰ってしまった。最後まで失礼な奴だ。
にしても自分が臭うのは本当だろうし、さてどうしようかと斧を持ったまま考える。
「久しぶりに水浴びでもするかなー」
秋の暮れのトラン湖は非常に冷たいが、知るものかと飛び込んだ。風邪を引いたらその時は、魔術師の塔に行ってルックに面倒見てもらおうかと愉快な事を考えた。

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