別天地

□第十章・間章
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「待って、待ってよ真人さん!」
 前を歩く真人の姿を、エリスは必死に追いかけていた。別に真人の足が速いからでも、エリスが常人より遅いわけでもない。二人の身長差、歩幅による距離の差は、普通であればどうしてもできてしまう。
 それでも普段は、真人がエリスの歩みに合わせ、横並びに歩いていた。だがエルフの森を出てから、真人の様子は何処かおかしかった。勿論外見に変化は無く、対応にも以前と違える所は無い。だが時折、まるでエリスなど見えていないように、遠くばかりを見ている時がある。もしかしたら変わっていないのではなく、変わろうとしているのではないか、これから時を経る度に、少しずつ変わっていって、いつか自分が置いていかれるのではないか。そんな不安ばかりが頭を過ぎり、胸を押し潰す。
「真人さん待って……きゃん!」
 ずっと真人ばかりを追っていたエリスは、足元にある小石に気付かなかった。本来進むべき歩みを遮られ、咄嗟の対処ができず、エリスはそのまま物凄い音を立て、顔から地面に激突した。痛みと転んだ事に対する羞恥に目尻を潤ませたが、ぐっと奥歯を噛んで力を振り絞り、ゆっくりと起き上がった。だが転んだショックからかなかなか立つ事ができず、摩擦で赤くなった鼻を押えながら、地面をずっと睨み続けていた。
 不意に、エリスに影が重なる。視線を上げるとそこには、随分先を歩いていた真人が、軽く膝を曲げて右手をエリスに差し出していた。顔は逆光で暗く、表情の判別は付かないが、軽く息が上がっている所を見ると、エリスを案じて急いで戻ってきたようだ。エリスが自分の手を真人の右手に重ねると、真人に手を引かれながら立ち上がった。
「大丈夫か?ゴメンなエリス、少し考え事してたから」
 真人は本当にすまなそうに謝罪したが、エリスはふるふると首を横に振った。それは決して許さないという意味ではない。自分を置いていく真人への怒りより、置いていかれる心細さより、真人が自分の身を案じて戻ってきてくれた事が、自分を忘れていなかった事の方が何倍も嬉しかった。
「それじゃあ行こう。そろそろ日が暮れる頃だ」
 真人はそう云って踵を返し、再び歩き出そうとした真人の手を、突然エリスはぎゅっと握って引き止めた。思わぬ行動に驚いた真人は振り返り、エリスの顔を見た。少し俯きがちな少女の表情は窺い知れなかったが、頬を紅く染めながらぽそぽそと呟いた。
「もう、私の事置いていかないで」
 エリスの言葉に真人は一瞬目を丸くしたが、その意図が分かると顔を綻ばせ、握られた手を優しく、しかししっかりと握り返した。エリスは真人からの返事を感じると、顔を上げて、大輪の花のような眩しい笑顔を見せた。
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