別天地

□序章・第一章
1ページ/8ページ

 暗い闇の底を、一人の男が歩いていた。
闇に溶けてしまいそうな漆黒のローブを羽織った男は、見えない階段をゆっくりと下っていく。
やがて階段は途切れ、広い部屋のような場所に出たらしい。
彼は眼前にランプを掲げた。
ゆらゆら揺れる炎に照らされたその部屋に、彼の求めるものはあった。
 壁に手足を杭で打ち付けられ、胸に大きな空洞の開いた、人の形をしたそれは、随分昔のもののようだ。
 しかしそれは、風化するでなく、朽ちている箇所も無い。動く気配は皆無なのにも関わらず、内部には生気が感じられる。
彼は口元に薄く笑みを浮かべ、そっと目の前のそれに触れ、慈しむように撫でる。
 その瞬間、部屋全体が大きく揺れた。
彼の動きに反応するかのように。
その振動に混じった、聞こえない声に、彼は大きく頷き、部屋を後にした。

 磔にされたそれの口元に、薄らと笑みが浮かんだように見えた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ