短編なぺーじ
□TAROU
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それからまた、たくさんの時間がたちました。
太郎はおじさんを通り越して、頭が真っ白なおじいさんになってしまいました。
今では言葉の研究もすっかりやめて、ゆっくりと海を見て余生を過ごしています。
いつの間にかやらなくなっていた、海に手紙のビンを流すこともまた始めました。
今日一日あったこと、テレビのこと、かわいい息子や孫のこと・・・。
もちろん宇宙人や、海底人やいろいろな生き物がこの手紙を見ることを想像しながら。
なんだか子供の頃とちっとも変わってないなとほほえみながら、ペンを進めます。
そして必ず手紙の最後には、あの文字と一緒に次の文章を添えることにしていました。
「僕はこの文字がとても読みたいのですけれど、どうしても読むことができません。この手紙を受け取ってくれた方でもし読める方がいたら、どうかその『読み』を書いて、海へ流してくれませんか? 僕はその手紙を心待ちにして、海岸で待っています」
半分の遊びと、半分の期待を込めて、それを海に流します。
太郎は百歳になりました。
ずいぶんと長生きをしたものです。大きなけがをして死にかけたことも、とっても重い病気をしたこともありましたが、そのたびに命を永らえることができたのは、ひとえにあの手紙を読むまでは死ねないという、頑なな決心があったからだと思っています。
でも、それにも限界が来たようです。
太郎は家族が引きとめるのも聞かず、疲れた体を引きずりながら、海岸へと足を運びました。
そしておそらく最後になるだろう手紙のはいったビンを海に流し、どこかに『読み』のかかれたビンがないかと首をきょろきょろとさせました。
そして、見つけました。
小さいビンに入った、ピンク色の手紙。
それに『読み』がかかれていると、太郎は確信しました。
うれしくてうれしくて、涙があふれて止まりません。
太郎はそれを拾うと、宝物のように抱きしめました。
この手紙には、答えがきっと書いてあるんだ。
瓶のふたを開けると、懐かしい、あの素晴らしい香りが、太郎の鼻をなでました。
どっと安心感が押し寄せて・・・太郎はとても眠くなりました。
手紙を読みたいけれど、まぶたが重くて目が開きません。
でも、太郎は満足でした。
いつでも答えを知ることができるのだから・・・。
もう、頭を悩ませなくてもいいのだから・・・。
太郎は素晴らしい香りと、とてつもない幸せに包まれて、安らかに眠りについていきました。
結局太郎が読むことのできなかった手紙には、こう書かれていました。
「その手紙は、たぶん僕がむかし海に流した手紙だと思います。まさかそれの返事が戻ってくるとは、思いもしませんでした。太郎さんの世界の言葉で書かなかったことを、とても申し訳ないと思っています。その手紙は、僕のとても好きな香水と、それの作り方を書いた紙を入れて海に流したものです。地球のみんなにも、知ってもらいたいと思って」
その言葉とともに、香水の作り方がこと細かく、日本語で書かれていました。
太郎の子供たちは早速それを作り、香水のお店を開店することにしました。
太郎の使っていたのと同じ瓶に、香水を入れて。
その名前は「TAROU」とつけて。