短編なぺーじ

□TAROU
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TAROU

 太郎は、小さい瓶に手紙を詰めて海に流すのが好きでした。
 手紙の内容は、学校であったこと、好きなテレビ番組のこと、父さんのこと母さんのこと、妹のこと・・・。
 特にすごいことは書いてないけど、思ったことをたくさん詰めて、太郎は海に流します。 
海は自然の郵便屋さんです。
 どこか遠くの知らない人に、きっとそれは届くでしょう。
 もしかしたら海底に沈んで、海底人がそれを何かの暗号と勘違いして、必死になって解読しようとするかもしれません。
 宇宙人がそれを拾って、地球の人々が我々に届けたメッセージだと全宇宙に伝えられるかもしれません。
 人間がそれを受け取るとは限りません。
 ウミヘビがビンに体を巻き付けて、コルクの封をポンってとって、そのまん丸の目で読んでくれるかもしれません。
 空高く飛ぶ鳥たちが、ビンに反射する光をみつけて、そのくちばしでついばんで持っていっちゃうかもしれません。
 それを想像します。
 太郎の世界は小さいけれど、手紙の行く先はとても大きく、たくさんの世界が広がっているのです。
 想像することで、手紙と一緒に旅をすることができる。
 そのために、海に手紙を流すのです。
 一週間に一回ずつ、太郎はそうして世界、いや、全宇宙を旅行するのです。

 ある日のことでした。
 太郎がいつものように海にビンを流しに行ったところ、砂浜に手紙の入った一本のビンが埋まっていました。
 ビンを開けると、心が浮かび上がるような、素晴らしい香りがもれてきました。
「ああ、なんていいにおいだ・・・」
 太郎は、しばらくその香りをゆっくりと味わったあと、ビンの中入っていた手紙を広げました。
 それには、波線が絡み合っているような字が書かれていました。
 どこか遠くの国の文字のようで、太郎には読むことができません。
 なんて書いてあるんだろう・・・。
 とってもとっても気になって、学校の先生にそれを見てもらいましたが、やっぱり読めません。
 図書館でいろんな辞書を調べましたが、それでもわからないままです。
 仕方がないので、太郎は手紙を机の奥にしまっておくことにしました。
 べつに読むのをあきらめたわけではありません。
 今は読めなくっても、大人になればきっと読める日が来るだろうと、その日のためのお楽しみにしておくことにしたのです。
 中学に入って、高校を出て、大学に入って・・・。
 ずっと太郎の心のなかに引っかかりを残したまま、ながい月日がたちました。
 そしていいおじさんになったころ、太郎は大学で言葉について研究するお仕事についていました。
 特に意識はしてなかったけれど、今にして思えば、言葉を勉強するようになったのは、やっぱりあの手紙が原因だったんだと思います。
 でも、人よりもいろいろな言葉に詳しくなっても、あの手紙は相変わらず読むことができません。
 いったいなんて書いてあるんだろう・・・。
 もう何百、何千回その言葉を繰り返したのか、想像もつきません。
 特に夜眠る前になると、必ずあの文字が頭の中に浮かんできます。
 死ぬまでに、読むことができるだろうか・・・。
 子供の頃は考えもつかなかったことですが、もう人生の半分近くを過ごしてくると、前の半分の人生では読めなかった、後の半分の人生で読むことができるのかと、少し怖くなってくるのです。
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