随筆紺碧

□アイス
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 最近、春の陽気から初夏の日差しに変わり始めた。
 そんな暑さの中、全身黒尽くめのアカデミーの制服は拷問に等しい。
 レオンは登校してから下校するまで、数え切れない程の「暑い」を繰り返していた。
「あー、暑い。暑くてたまんねー!!」
 下校途中である今も、そう言ってぱたぱたと襟元から風を入れている。
「さっきから煩い奴だな。少しは黙って歩けないのか」
 隣を歩いていたセリオスが、ややげんなりした口調で言った。
 彼は教室を出てから今まで、ずっとレオンの「暑い」を聞き続けていたのだ。
 げんなりするな、という方が酷である。
「暑いモンは暑いんだからしょーがねーだろ!!」
 カッとなって怒鳴り返すが、頭に血が昇ると、更に暑さがこみ上げてくる。
 流石のレオンも、それ以上怒鳴るのをやめたが、それでも小声で「暑い」とぼやき続けていた。
 そんなレオンを哀れに思ったのかうっとおしく思ったのかは判らないが、セリオスがぽつりと呟いた。
「…仕方がない。奢ってやろう」
「あ?」
 顔を上げたレオンの目に映ったのは、セリオスの細い指。
 その先には、小さな店があった。
「何がいい?」
「は?」
 とっさの事にレオンが反応出来ずにいると、セリオスは深い溜息と共にこう言った。
「これ以上お前の愚痴に付き合うくらいなら、アイスの1本も奢って黙らせた方がマシだ」
 再度「何がいい」と問うと、レオンは屋外に出された冷陳ケースを覗き込み、1本の棒アイスを取り出した。
 セリオスは無言で金を払うと、さっさと店を後にした。
 少し遅れて、レオンが後を追う。
暫くして、セリオスの耳に「さんきゅ」という微かな声が届いた。
「礼には及ばん。それより、もうぼくを苛々させるな…」
 そう言って振り返ったセリオスが固まる。
 彼の目に映ったのは、半目上目遣いで溶けかかったアイスを舐めとるレオンの姿。
「んあ?」
 やっている本人は無意識なのだろうが、それがまた始末におえない。
「何だ、顔赤いぞ。お前も暑いんじゃねーのか?」
「ち、違う」
「じゃあ何だよ」
「……」


 苛々はさせなかったが、ムラムラはさせた、というお話。
 どっとはらい。

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