随筆紺碧
□みみにひびくはきみのうたごえ。
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セリオスは少し黙った後、その場に腰を下ろした。
そして、手招きでレオンを誘う。
いぶかしげな表情のまま、それでも誘いに応じて隣に座るレオンに、
「もう一度聴かせてみろ」
そう言うセリオスの瞳に、呆けたレオンの顔がうつる。
「なんで?」
「いいから」
「音痴とか何とかって馬鹿にすんじゃねーだろうな」
「しない。だから、早く」
静かに、それでいて有無を言わせない口調で促され、半ば気圧されるようにレオンは鼻歌をうたいはじめる。
セリオスはそれを、じっと聴いている。
繰り返されるメロディ。瞳を閉じて、何度も何度も。
やがて。
瞳を閉じたまま、セリオスが同じ旋律を歌いはじめた。
それはやがてレオンの鼻歌と違う音を口ずさみ、終わる。
そして、今度は最初から、その曲を最後まで歌い上げていった。
聴いていたレオンの瞳が、驚愕に見開かれる。
「そ、そうだよ!それ!それだよ!!何で知ってんだ!?」
「ぼくも以前聴いたことがあったんだ」
今まで忘れていたがな。
「へえ。ま、サンキュな。お陰で今度からはちゃんと歌えそうだぜ」
「よかったな」
「おう」
にっと笑って、じゃあまたな、と立ち上がろうとするレオンの腕を掴む。
そしてそのまま、自分のほうへ引き寄せた。
「──ッ!?」
予期せぬセリオスの行動に、一瞬レオンが面食らった。
「せ、セリ…?」
「レオン。等価交換という言葉を知っているか?」
切れ長の青い瞳が、形のよい眉とともに弧を描く。
「は?」
「何かを得るには、代償を支払え、ということだ」
「だ、だいしょう?」
引き寄せられたままの体勢で、レオンが見上げてくる。
存外にあどけなく見えるその顔は、セリオスの好きなもののひとつだ。
「言葉だけじゃ足りない、と言っている」
「そ、そんな…」
横暴だ、と言いかけた唇を、そっと自分のそれでふさぐ。
触れるだけの熱に、レオンの全身が硬直した。
「…な、な、ななな…!!」
「…これ以上のことをされるのと、さっきの歌をぼくに聴かせるのと、どちらがいい?」
腰の辺りがぞくりとするような、艶めいた雄の声。
くらくらするようなあでやかな美貌で、にやり、と微笑う。
「…う、歌に、決まってんだろ…馬鹿野郎」
「そうか、じゃあ、聴かせてくれ」
至近距離で見ていた顔が、すっと離れる。
本当は名残惜しかった、なんて、絶対言ってやんねー。
心の中で毒づいて、レオンは諦めたように歌いはじめた。
セリオスはそれを聴きながら、満足そうに微笑う。
いつもとは違う、少し低めの心地よい音。
セリオスの耳にやさしく響く。
この歌をお前の声で聴きたかった、と言ったら、どんな顔をするだろうか。
そっと胸のうちでつぶやいて、セリオスはゆっくりとまぶたを閉じた。
それは、遥かいにしえのロスト・ワーズ。
いとしいひとの声で綴る、あいのことだま。