随筆紺碧
□みみにひびくはきみのうたごえ。
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みみにひびくはきみのうたごえ。
桜のつぼみもほころび始めた、うららかな春の日差し。
アカデミーを一望できる丘の上で、セリオスはぼうっと空を見ていた。
冬の間は自室で本を読むことが多かったが、最近は水もぬるんできていて。
特に今日は、あまりにも気持ちよさそうな陽気だったので、思い立って外に出てみることにしたのだ。
つややかな銀髪が、あたたかな風を受けてふわりとなびく。
ふと。
その風に乗って、何か音のようなものが耳に入った。
「…?」
案外近くできこえたような気がしたのだが、首をめぐらせてもその出処が判らない。
気のせいかとも思ったが、音はだんだん鮮明になってきて。
アカデミーの方角にのびた小道から、見慣れた色が近づいてきた。
セリオスと同じ、アカデミーの黒い制服をまとった、燃えるような紅い髪をもつ生徒。
級友兼ルームメイトのレオンである。
何かいいことでもあったのか、すこぶる機嫌がよろしいようで。
満面の笑みを浮かべながら、暢気に鼻歌などうたっている。
先程セリオスの耳に届いた音はこれに違いない。
だが、それは同じところを何度も何度も繰り返していて、先に進む気配がない。
おそらく、彼はそこしか知らないのだろう。
ほんの少しのもどかしさを感じて、セリオスは声をかけた。
「おい、レオン」
「…ん、あれ、セリオス?」
鼻歌をとめて、レオンがこちらを見上げた。
「どうしたんだよこんな処で」
本の虫のお前が珍しいな、などと軽口をたたきながら、セリオスの元まで近づいてくる。
「別に。それより、今の鼻歌だが…」
「──っ、き、聞こえてたのかお前!?」
セリオスの問いに、レオンがばっと口元を押さえながら頬を染める。
「今更黙っても手遅れだろう」
その仕草にセリオスが苦笑すると、レオンはむっと頬を膨らませた。
「いいじゃんか鼻歌くらい。お前に迷惑なんかかけてねーだろ」
「誰もそんなことは言っていない。ただ、同じフレーズしか歌っていないのが気になっただけだ」
なるべく拗ねさせないように言葉を選んでやると、レオンは素直に答えてくれた。
「や、俺、そこしか知らねえんだよ」
一回聞いただけだったからさ。
その口調からすると、何となく気に入ったものの、どうやら完全には覚えきれていないらしい。