随筆紺碧
□緋葬
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──村に、鐘の音が響き渡る。
鐘を打ち鳴らしているのは、黒ずくめの男。その傍らに居るのは数名の、やはり黒ずくめの男女。
雨の中、棺を取り囲むように佇んでいる。
聞こえるのは、しとしとと降る霧雨と鐘の音。そして、故人を悼むすすり泣き。
そう。今日は葬式なのだ。
そしてその参列者の中で、一際目をひく二人が居た。
ひとりは勝ち気そうな緋色の瞳と、腰まで伸びた紅い髪が印象的な美女・シオン。
しなやかで豊満な肢体を包んでいるのは、黒地に白線の入った制服。
言わずと知れた、マジックアカデミーの制服である。
但し、彼女の着ているそれはやや改造されており、襟元を飾っている筈のリボンはなく、ボタンを寛げて着崩していた。
規定より長めのスカートも、大胆に太腿の辺りまでスリットを入れてある。
そのような出で立ちであるのに、不謹慎な印象は微塵も感じられない。
涙を見せる様子もなく、年齢的には必要である筈のヴェールも着けず、ただじっと前を見据えていた。
そしてもう一人は、そのシオンに手を引かれている紅髪緋眼の子供。
彼女の年の離れた弟・レオンである。
虚ろな瞳で、父の唯一の形見である卵を腕に抱く姿が痛々しい。
無論その卵とは、アカデミー入学時に支給されるマジックエッグだ。
当初は赤色だった卵は、今では淡いクリーム色に変わっていた。
(…孵るのは蛇だわ)
私と同じ…ね。
神父の祈りの言葉を聞きながら、シオンはそんな事を思った。
(本当は、父さんと同じ赤竜を孵させてあげたい…父親を身近に感じさせてやりたい…)
一層大きくなる泣き声。
(でも、そんな事をしたら、きっとこの子は思い出してしまう…)
雨に濡れたレオンの顔を拭いてやりながら、シオンは捜索隊から聞いた話を思い出した。
魔導師に召喚されたドラゴン。
吐き出された焔に包まれ、落ちていく──壮絶な父の最期。
(あの事件以来、レオンは心を閉ざしてしまった…)
身体の傷は、いずれ消える。
だが、心の傷は消えない。
出来るのは、傷がそれ以上開かないように、塞いでしまう事だけ。
(せめて、レオンが大人になって)
消し炭になった父が眠っている棺の上に、花が置かれる。
父が好きだった、白い、花。
隣に立っていた少年が、その蒼い瞳に涙を溜めているのが見えた。
(事実を、ありのままに受け止められるようになるまでは)
父が、自らの生命と引き換えに助けた少年。
(封印しなければならない──この子の記憶を)
やがて棺が土中に埋められ、葬儀は終わりを告げた。