随筆紺碧
□コンベルサシオン
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とある土曜日の、穏やかな午後。
レオンはキッチンで菓子作りに励んでいた。
目の前にあるのは、程良い厚さにのされたパイ生地。
それを、馴れた手つきで型に敷き込み、余った生地を切り取っていく。
勿論、フォークで穴を開ける事も忘れない。
「間に合うかな…」
ぼそりと呟く。無意識のうちに手が早まった。
生地を冷蔵庫で休ませている間、クレームダマンドを作る。
粉末アーモンドの香ばしい匂いと、ミックスフルーツの甘酸っぱい匂いが部屋中に広がった。
かちゃかちゃと、クリームをかき混ぜる音が響く。
それが済むと、ボウルに入れた卵白に粉糖を振り入れる。次に作るのはグラスロワイヤル。
「…そろそろかな」
数十分前に休ませた生地を取り出し、その中に先程作ったクレームダマンドを入れ、別に用意した生地で再び蓋をする。
その上にグラスロワイヤルを塗って、余った生地で作っておいた紐で格子模様を描き、オーブンへ。
やがてパイ生地の焼ける良い匂いが漂い、出来上がりを告げる電子音が鳴り響いた。
時計を見る。急げば汽車の時間に間に合いそうだ。
慌てて出かける用意をし、出来上がった菓子を包んで、レオンは部屋を後にした。
夜中であるにも関わらず、彼女はきちんとした服装のまま現れた。
どうやら、こちらの思惑などとうにお見通しらしい。
やっぱ敵わねぇな、と自分らしくもない台詞が脳裏をよぎる。
「…久し振りね、レン。元気だった?」
一年振りに聞く、懐かしい呼び名。
「背、伸びたんじゃない?」
「ん?そうか?」
「うん…結構、おっきくなった」
彼女の、自分と同じ緋色の瞳が、やわらかい光を放つ。
「それで、何の用?」
「や、久し振りにコレ焼いたからさ。一緒に食おうと思って」
照れ臭そうに頭を掻き、包みを彼女に押しつけた。
瞬間、包みから洩れる香ばしい匂い。これは…
「コンベルサシオン?」
「ああ…姉貴、好きだろ」
勿論、と言って、彼女――シオンは片目を瞑った。
「じゃあ今日は特別に、お姉様が手ずからお茶でも淹れてあげよう」
感謝しなさい、愚弟。
悪戯っぽく微笑んで踵を返すと、腰まで伸びた紅い髪が翻った。
彼女の姿が見えなくなってから、レオンは小さく呟く。
「誕生日おめでとう…姉貴」
――コンベルサシオン。それは「会話」という意味を持つ焼き菓子。
今日は久し振りに、ゆっくり話が出来そうだ。