随筆紺碧

□紅茶をどうぞ
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 名は体を表す、というが、ここまで表さなくてもいいような気がするのはぼくだけだろうか。



 レオンは猫舌である。
 これは、彼を知る殆んどの者が知っている話。

 例に洩れず、ぼくもそのことは知っていた。
 同じクラス、同じ寮、同じ部屋で寝起きを共にしてかなり経つのだから、それは当然のことだけれど。
 むしろそれ以前に、ぼくとレオンは「そういう」関係であるから、知らない方がおかしいといえる。

 そのレオンはといえば、リビングに備え付けられた椅子に座り、不機嫌そうな顔をテーブルにのせていた。
 何のことはない、さっきの喧嘩が尾を引いているだけだ。

 喧嘩の原因は覚えていない。
 覚えていないということは、取るに足らないくだらないこと、ということだ。
 けれど、ぼくもレオンもかなりの意地っ張りであるから、一度こうして喧嘩になれば、元に戻るのに少々時間がかかることが多い。

 特にレオンのそれは筋金入りで、大概いつも先に折れるのはぼくだ。
 他の人間との喧嘩なら、そんなことは絶対にしないというのに。

 何だかんだ言って、ぼくは結構こいつにイカれているらしい。
 昔のぼくからはとても考えられないことだが。

 そんな訳で、今回はどうやって機嫌を直してもらおうかと考えた結果。

 取り敢えず、レオンの好きな飲み物で釣ってみようかと思いついた。


 キッチンに立ち、戸棚から茶葉を取り出す。
 インスタントしか知らなかったレオンも、漸く茶葉の味を覚えたらしく、最近は好んでこちらを飲むようになった。

 きちんとカップまで温めてから、ゆっくり時間をかけて蒸らしたものをカップに注ぐ。
 基本的には何も入れない。でも──

 そこまで考えて、ふと。

 レオンが、猫舌なのを思い出した。

「……」

 かちゃり、とカップをトレイごと、レオンの傍らに置く。
 レオンが横目で見ているのは判っていたが、ぼくはそれを敢えて無視した。

 くるりと背中を向け、キッチンに戻るふりをした数秒後。

「あちっ!!」

 背中越しに聞こえるレオンの悲鳴。

「セリオス!てめっ、熱いじゃねーか!!」
 舌を出して涙目になりながらも怒鳴る声に、自然と笑いがこみ上げる。

 ああ、何処まで思惑通りに動くんだ、お前は。

「っふ…はは、はははははっ!」
「な、何笑ってんだよ!何でこんな熱いの寄越すんだよ!!」

 俺が猫舌なの知ってんだろ!?

 そう言ってぼくを責める声が、やけに可愛らしく聞こえた。

 ぼくがレオンに熱い飲み物を淹れるときは、必ず冷ましてから渡すようにしていた。
 けれど、さっきぼくが渡したカップは熱いままのもので。
 レオンが気付くかどうかは賭けだったが、果たして引っかかってくれたというわけだ。
 しかも、ぼくに言うであろう言葉まで全く同じとは。
 笑うなというのが無理な話だ。
 
 何故ならそれは、レオンがぼくを信用しているという証だから。

「やっと、口を利いてくれたな」
「…あ…?」
 不機嫌そうな顔が、瞬く間に怪訝そうなものに変わる。
 声が聞きたかったのもある。それから。
 このくるくると変わる表情も、見たかったのだ。

 喧嘩をして、まだそんなに時間は経っていないはずなのに。
 ぼくはこんなにも、レオンのすべてに飢えている。

 心の中で苦笑しながら、ぼくはキッチンに置いておいたカップを渡す。
「ほら、いつもどおり冷ましてあるぞ」
 そう、猫舌で熱いものを飲むのに時間がかかるレオンに、ぼくはいつも少しの冷却魔法をかけて冷ましてやるのだ。
 くすり、と笑ってみせてやると、レオンは呆気に取られた顔のあと、少し拗ねたように言った。
「最初っからそっち寄越せよ…」
「喧嘩相手が淹れたものを素直に飲むお前が悪い」
「なッ…!…んぅ!?」

 怒鳴り返そうと開いた唇を、問答無用で塞いでやる。
 もう喧嘩はいいだろう?
 これからは、無駄にした時間を取り戻そうじゃないか。

 なあ、レオン?
 

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