<愛の偏食>

□境界線
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僕の背が、まだ居間の柱の半分にも遠く届かなかった頃、
母が頭の上に書いた、その成長の記録は大人との境界線だった。


「アキラさん、またとても大きくなったわねぇ。ほら、去年と比べてこんなに。」

居間の柱の一本に、新しい線が書き付けられる。
毎年、アキラの誕生日がくると明子が柱と背比べをさせ、その成長を書き付けるのが恒例になっていた。
今年は四本目だ。
一年の間に、子供の身長はどんどん伸びる。
改めて気付く我が子の成長に、明子も、その様子を見守る父、行洋も目を細める。

「でも、ぼくまだまだちいさいです。もっとおおきくなりたい!」

アキラは、いつか柱よりも大きくなるのだ、と息巻いてぴょんぴょん飛び跳ねている。
ちょっとでも大きくなろうという涙ぐましい努力だ。

「そうね、たくさんご飯を食べて、遊んで、たくさん寝ればすぐに大きくなるわよ。」
「お父さんと碁を打つことも忘れないでおくれ。」
「わかりました!」

両親に見守られ、まっすぐに育つこの子は、その笑顔も言葉も屈託がない。

それは両親のみならず、この塔矢邸に通う門下生達も思わず目尻を下げ、
皆一様にまるで自分の子供のように、弟のように可愛がっていた。
それ故に、人を疑わず素直過ぎるほど素直で、それがまた周りの人間をほだす要因でもある。

三歳から父行洋に指導を受けている囲碁も毎朝欠かさずに行っている成果か、
親の贔屓目を、門下生の贔屓目を抜いても、目覚ましい成長だという。
愛情に恵まれ、才に恵まれ、何も問題は無いように見える。

ただ、大人ばかりの環境で育ったためか、言葉遣いや態度が周りの子供より格段に大人びていて、
来春から通いだす幼稚園で上手く同い年の子供と馴染めるかどうか、その一点が明子は不安であった。

実際に、アキラはあまり同い年の子供と遊んだことがない。
普段から会う一番年の近い者と言えば、門下生のうち小学生の芦原だ。
その次は10以上年の離れた緒方になる。

二人とも他の門下生よりもぐんと年の近いせいか、兄のように面倒を見てくれているが
やはり目上であることには変わりない。
現に、時々アキラを公園へ連れていっても、一人で遊ぶのは好きなようだが
同い年くらいの子供とは、
恥ずかしいのか、慣れないのか、あまり口を聞かないのだった。
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