<愛の偏食>

□What you want
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コーヒーカップを口許に運びながら、黒い瞳が所在無げに宙を游いでいる。
艶やかな前髪の間から、見えない隙を窺うように、遠慮がちに覗いてくる視線を感じて、次の瞬間の言葉を予測する。

「緒方さん、あの」
「物なら要らないよ。」
「えっ!?僕、まだ何も言ってません!」

キョロキョロして何か言いたそうな様子、しかもハッキリ言い出さないということは事務的な用事ではなさそうだし、近頃ケンカもしていない。
加えて、この時期ということは、おおよそ聞きたいことは想像がつく。

「誕生日プレゼントは何がいいか、聞きたかったんだろ?」
「う…はい…。」
「物は要らないって、いつも言ってるじゃないか。」
「でも、僕ばかり貰っているのも何だか悪いですし…。」

こういう律儀なところも、美点であり可愛いところではある。

盤上では相手の心を読み流れを読み、先を見通す塔矢アキラの恐るべき頭脳は、盤を離れた途端にその力を失ってしまうのか、そう思われるほど、普段のアキラは不器用だ。

例えば、こんな『人にプレゼントを贈る』という場面。
もちろん、相手が何を欲しがっているか本人に聞くというのは正攻法であるし、場合によっては相手を尊重していると印象付けられる。
しかし、塔矢アキラの場合は、本当に聞かないと全く見当がつかないので、聞かざるを得ないから、困った末に直接、なんのひねりもなく、聞いてくるのだ。

普段の言動から、欲しそうなものを推測するとか、何気ない話から聞き出すとか、そういう婉曲的な手法は苦手だ。
まさに正攻法なのである。らしいと言えば、実に彼らしい。


「本当は、緒方さんみたいに、サプライズとかできたらいいんですけど…何が欲しいかわからないし。」
「欲しいものは、自分で買うから大丈夫。」

実際、自分で言うのも何だが、割りとモノ全般にはこだわる方だ。欲しいと思えば、気になるものを納得の行くまで吟味しないと気が済まないし、買えると思ったらその時にすぐに買う。
人に選ぶのを任せたり、貰うタイミングまで待ったり、というのはあまり性に合わない。
だから、あまりモノをプレゼントとして貰いたいとは思わない。
それに、年上の面子というか見栄みたいなものもないとは言えない。
しょっちゅう子供みたいだと怒られてはいるが。
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