→忍びさん・2

□まんまる。
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悪戯に髪を掻きあげていた昼の風は夜になってゆぅわりと穏やかなものに変わった。

言い表せぬ和らかい秋風へと変わったせいだろうか
空を覆っていた黒の綿は縮れに姿を消し、代わりに金平糖の輝きがころりころりと浮かんでいる。


風呂上がりに見上げたその景色に目を奪われて、ただただ時を忘れるほど見上げていた。

何処までも魅せるは金平糖の中に光る大きなフルムーン。









縁側で仰向けに寝転がって楽しんでいると不意に部屋の襖の開く音。
意識だけを向ければ家主が漸く長湯から上がってきたようで真中に座している卓袱台へと着いた。


同じ部屋にいても個々の時間を持てる心地良さ。
なんて穏やかな空気だろう

あぁよくこんな不思議な関係にまで上り詰めたものだ。




淡い室内灯の下、ぺらりぺらり紙面を捲る音。
また何時もの読書だろうか。

あの堅難しい文字列を気難しい顔で追っている姿が易々と目裏に彩るから
思わずくつりと笑ってしまった。


「何読んでんの?」
「『経済の流れと其此に生じる摩擦』。」
「…………。」


はは、訊かなきゃよかったってばよ…。



未だ吊しっ放しの風鈴が季節外れに歌う音ちりちり。

その歌声はぽっかり浮かんだお月様に届いているのだろうか…。


「サスケー。」
「あ?」
「サースケー。」
「だから何だよ。」


まだ読み終わらないの?
漸く視線をぶつけたら真っ黒な瞳もこちらを向いていて。


数回の瞬き。
微かな呼吸音。

互いで互いを深くまで読んで…。


まだ……?
目で問い掛けたら逆に問い返された。
何がしたいのだ、と…。



「いいからさ、電気消してこっち来いよ。」


手招きして隣を叩く。

面倒くさそうに栞を挟んだ本を端に避けるとサスケは飲みかけの湯呑み片手に
電灯のスイッチをパチン、音立てて部屋を闇色へと変化させた。

さすれば煌々と清く澄んだ光の路がこちら側へと橋を創る。


凄……っ、


感嘆一つ
それ以上の言葉なんて本当浮かんでこない。

この綺麗な夜空に上げた笑みは、思いは、空へとふぅわり吸い込まれていく。



「まんまる、だ……」



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