図書館

□傾いた月
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夜の帳に君と二人

静寂が耳に痛かった。
『星降る夜』というのはこういうのを言うのだろう。
真っ黒な天鵞絨の上に宝石箱をひっくり返したよう。
中本は、星を宝石に例えた自分の貧困な語彙にため息をつく。
自然の美しさに人工の言葉が追いつくわけがない。
「ため息なんかつくなよ。辛気くさい」
新井がぼそりと呟く。
「すみません」
「まぁ、べつにいいけどな。…綺麗だろ?」
「そうですけど」
この寒い日にいきなり外に連れ出して何を言い出すのだろう。この男は。
中本の疑問を無視して、新井はたばこに火を付ける。その仕草。見慣れてる筈のそれに引き付けられた。ライターの明かりに照らし出される横顔。昔、学生の頃は見る度に眉をしかめたその姿。紙を焼く音がして、細い筒をくわえる唇。それは、程なくして満足気に紫煙を吐き出した。
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