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□結 9話
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『美味しかったぁ。ごちそうさま、夢莉ちゃん』
「いえいえ、いつものお礼です」
『なら、またレッスン着買ってあげんとなぁ』
「それは絶対にいいです!ほんとに!」
『はは、冗談。でも本当にまた作ってほしい…』
「いつでも作りますので」
『うん、また作ってな』
「はい。彩さんが持ってきたクッキー食べましょ。ちょっと片付けてきますね」
『ごめんな、何もしぃひんくて』
「ゆっくりしててください」



お皿を下げて、洗い物を済ませる。カレーは少し残っているので、冷凍しておこうと容器に入れた。あ、これ彩さんにあげてもいいのかな、と少し思ったけれど、さすがにそれは気持ち悪いか、と思い留まり止めた。彩さんから頂いたクッキーバッグを開けて、お湯を沸かす。


「彩さん、紅茶かコーヒーってどっちが良いですか…て」




そう言いかけながら彩さんのいる方に顔を出してみると、彩さんは私のクッションソファでうとうとしていた。




「えぇ…寝ちゃってる」




とりあえず沸かしていたお湯を止めた。彩さんのいる方へ近づいてみても、一向に目を覚ます気配もない。
そういえば今日は、私がお昼頃レッスン場に行った時は既に彩さんがいたけれど、一体いつからあそこにいたのだろう。もしかしたら、ストイックな彩さんのことだからすごく朝早くから練習していたのかもしれない。
そう思うと夜まで付き合わせてしまったのかな、とまた申し訳なくなる。とりあえず彩さんを起こさないようにそっとテレビの音量を最小まで下げた。本当はベッドまで移動させてあげたかったけれど、さすがに抱きかかえることは憚られたので、ブランケットをかけてあげる。




ブランケットを肩までかける時、彩さんと体が近付く。今までで一番近い距離で彩さんを感じて、鼓動が早まる。彩さんの肩って、本当に小さい。彩さんの睫毛って、本当に長い。彩さんの髪って、本当に綺麗。彩さんの唇って、本当に………






と思いかけたところで我に返る。何を考えていたんだろう。時が止まったかのように彩さんの唇を見つめてしまった自分を猛省する。どうしてそれに目を奪われてしまったのか、自分の感情に説明がつかず全身が脈打つ。





彩さんは、綺麗すぎる。私なんかが気安く関わっていい存在でなければ、触れていいはずがない。そんな事、言を待たないほど分かっている。

そもそもこんなことを思うことすらおかしい。彩さんは、雲の上の存在。関われるだけで、言葉を交わせるだけで、時間を共に出来るだけで、嬉しくなって胸が高鳴る、それは確かに自分でも気付いている事実。
でもきっとそれは単なる憧れの人とそれが出来ることへの喜びで。




それだけ、のはずなのだけど。煩い心臓の音に加えて思考までも煩くなって、私は混乱した。とりあえず心を落ち着かせようと、彩さんからもらったクッキーを一つ手に取った。
彩さんが起きるまで時間を潰すべく、彩さんの横に腰掛けてスマートフォンの適当なページを眺めていると、いつの間にか私の意識もぼんやりと輪郭を失っていったのだった。


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