short

□踊り子@
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とぅるるる とぅるるる とぅるる






太田夢莉20歳、今私は、イギリスにいます。



人生のモラトリアム期間、大学二年生。大学では英文学専攻に属していて、春休みに入ってすぐに、念願だったイギリスに二ヶ月間の留学中。


と言っても一週間ほど前にこちらに来たばかりで、まだ英語なんて少しも話せる訳もなく、毎日朝から晩まで語学学校の授業に着いていくことに必死だった。
課題も大量にある。観光なんてまだ出来てやしない、それでも、昔から憧れていたこの英国の街並みに囲まれて日々を過ごすことが出来ているのは夢心地だった。





留学期間に滞在するこの語学学校併設の寮では、一人部屋を選択することもできたけれど、費用が少し浮くことから二人部屋を選んだ。それと私は一人部屋なんて選んだらこの引き篭もり気質をせっかくの異国の地でも発揮して、部屋に篭ってしまいそうだと懸念した。ルームメイトと仲良くなれたら語学力向上にも繋がるし一石二鳥やん、なんて考えた経緯もある。





月曜日にこの部屋に入寮すると、私のルームメイトは今週末に入寮予定だと説明され、それまでは一人で部屋を使ってくれと言われた。映画で見たような、ふくよかな寮母さんなる女性に早口の英語で説明されたから、理解が合ってるか分からないけど。たぶん、そんなことを言っていた、気がする。






今日は、日曜の夜。this weekendがどうとかあのマダムは言っていたけど、結局いつ来るんだろう。そんなことを考えながら隅から隅まで英語が敷き詰められているテキストを片手にノートにペンを走らせていると、部屋のドアがノックされ、扉が開いた。





『ぐっどいぶにーん…』





不安げな英語で夜の挨拶を告げながら入ってきたのは、漆黒で艶のある黒髪がとても綺麗な、小柄な女性だった。手に持っていた筆を置いて立ち上がる。







「Good evening, って、日本人の方ですか?」
『あ、日本の方なんや。そうです、ジャパニーズです』






少し安心したように関西訛りの日本語で返される。ルームメイトって別の国の方なものだと思っていたけど、そういえばここは日本人留学生の割合も多い学校だったとを思い出す。英語で話す機会は減ってしまうかもしれないけれど、数日ぶりの母国語を耳にして率直に安心した。








「はい、私もです。太田夢莉って言います。」
『あ、山本彩です。太田さん…』
「夢莉でいいですよ。せっかくの海外ですし」
『はは、そうやね、名前の方がええね。私も彩って呼んで』







聞くと彩さんは2つ歳上で大学四年生だった。就職活動を終え、最後の大学の長期休暇を使ってこちらに来たらしい。




「彩さん、英語は話せるんですか?」
『全然。大学では経済学部で、必修の授業でしか英語は無くて』
「そんなもんですよね。私は英文学専攻ですけど、全然です」
『英語が専攻ならそんなことないんちゃうん?』
「うーん、日本の大学にいたら結局そんなもんですよ」
『じゃあ、今は英語で話した方がいいやんな?せっかくイギリスまで来たんやし』
「確かにそれはそうですね、でも日中は朝から晩まで授業で英語を聞くことになるので……結構きついので、お部屋ではどっちでも……」







弱気なことを言うと彩さんが笑った。笑顔がとても可愛い。私がそう言ったもののまだこちらに来たばかりの彩さんは部屋に帰ってからも英語を使う、と意気込んでいた。彩さんの滞在期間は一ヶ月らしい。こんなに綺麗なお姉さんと英国で時間を共にできるなんて、思いがけない暁光に胸が踊った。







「彩さん、窓際の机とベッド使ってくださいね」
『いいん?夢莉ちゃんもともとそっち使ってたんちゃうん?』
「いえ、私はこっちで」
『あぁ、そうなんや。じゃあそっちを使わせてもらうな。部屋、汚くしぃひんように気をつけるな』
「全然、私は大丈夫ですよ。夜ご飯は食べましたか?もうすぐ学食が閉まりますけど」
『あ、夜は飛行機の中で機内食が出てん。やから、今日はいいかな』
「そっか、そうですよね。じゃあ明日の朝、一緒に行きましょ」
『うん、行きたい。美味しい?』
「……日によりますね」






また率直な感想を言うと彩さんが吹き出していた。だってそうやもん。イギリスにおいて食事はそんなに期待せずに来ているので、構わないのだ。







「お外で食事もしてみたいですけどね」
『そうやんな。せっかくやからな。平日は勉強頑張って、週末は時間作りたいなぁ。』
「……私は今週はそれができなかったので……一緒に頑張りましょう……」





私の勉強机に積み上げられたテキスト達を見つけて彩さんが戦々恐々としていた。表情がころころと変わって可愛らしい方だなぁ。それが、ここ異国の地で彩ちゃんと出会った初日だった。他人と共同生活をしたことがなく、寝つきの悪い私はその初夜に一抹の不安を覚えない訳ではなかったけれど、むしろ彩さんが隣に来たこの日からの方が、直ぐに眠りにつくことができるようになった。


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