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□スタンド・バイ・ミーC
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正直、眠たくて眠たくて、途中まではあまり頭が回っていなかった。そんなことを言い訳に、自分が放った言葉や行動に顔が熱くなる。時間は遡ること数時間前。






「彩ちゃん、ご飯食べながら寝ないで。せめて食べきって。」
『もう今日は疲れたねん〜食べさせて、夢莉』
「えぇ…もう、今日だけですよ」




夢莉といると、何も肩肘を張らずに、ありのままの自分でいられる。誰からも頼られ、模範のような存在で在らないと、その一心でこの数年間、自分なりに頑張ってきた。そんな私が築き上げた自分の中の牙城を、この6歳年下の端正で可愛い女の子にすっかり崩されてしまった。それが良いことなのか悪いことなのかは置いておいて、彼女との時間が心地良くて、愛おしくなってしまっていたことは自分でも自覚していた。





それでもさすがに食べさせて、なんて勢いに任せて半ば冗談で言ってみたのに、そんなことすら何の躊躇いも見せず受け入れる優しい夢莉。この優しさに、自惚れてしまいたくなるけど、夢莉は誰にでも優しい。夢莉も私をただの先輩以上に大切に思ってくれていることを、薄々気付いてはいる。でも、この関係性を変えるのなら、それなりの覚悟が必要で、だからもう少し君の気持ちを確信したい。そんなことは何度も思ったことだった。





『ありがとぉ。ほんまに夢莉は優しいなぁ。』
「どんどん甘やかしちゃってますね」
『私に優しくしてくれるのは夢莉だけやねん』
「そんなことないですよね。みんな彩ちゃんのこと好きだから」
『んー、じゃあ優しくしてほしいのは、夢莉だけ』



「みんな」の気持ちより、欲しいのは夢莉の気持ち。本当のことだった。その言葉に特に計算なんか無くて、素直にそう思って出た言葉。未だ眠気が頭に纏わりついてあまり考えずに漏れ出た言葉。夢莉の表情が少し強張る。あれ、私そんな変なこと言ったんかな。




「…それってどういうことですか?」
『別にそのままやけど』




「……私は、彩ちゃんだからこんなに優しくしたい」
『夢莉は誰にでも優しいやん』
「そんなことないよ。彩ちゃんには何でもしてあげたい」


夢莉が自分の膝をぎゅっと握りながら言葉を振り絞る。あぁ、今、彼女なりに一生懸命に言葉を紡ごうとしてるのだと分かった。丁寧に、でも真っ直ぐに伝えてくれる夢莉とその言葉が愛しい。私だって夢莉のしてほしいことは何だって叶えてあげたい。じゃあ、夢莉が望んでいることは、私と同じ?





『ほんまに?ほんまに何でも?』
「うん。何でも」
『何でも叶えてくれるん?』
「彩ちゃんのためなら何でも」
『じゃあ、』



夢莉より、私は大人で、先輩で。それならば私からこのきっかけの扉を開いてあげないといけない。私もずっと、夢莉とのもっと深い関係を欲していた。心に纏わりつく望蜀を形にしていいのか分からなかったけれど、抗えないほどにこの子のことを好きになっていた。








でも、きっと夢莉が思っているほど私は大人でも偉大でも無くて。今日もまた君を困らせるかもしれないことを許して。






『夢莉とこうしたい、って言っても?』



そうやって夢莉の細くて白い指に、自分の手を重ねるのが精一杯だった。


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