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□スタンド・バイ・ミーB
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ぶくぶくぶく………

太田夢莉、先日18歳になりました。
さっき、恋人が出来ました。今は、それから数時間後で、彼女の家のお風呂にいます。




「えー…うわー…まじかー…」



人生で初めての恋人が山本彩ってやばくないですか。心の中で独り言が止まらない。今、独り言漏れてたけど。自分の中でもまだ現実を受け入れ切れていない。さっき、ファーストキスというものまでしてしまいました。




ぶくぶくぶく………
何がどうなってそうしたいのか分からないけどさっきから何度も湯船に顔を沈めている。幸せすぎるんだろうか、このまま彩ちゃんに溺れてゆきたい。


「……ぷはっ」


彩ちゃんも待ってるだろう、そろそろお風呂から出ないと。





お風呂から上がりスキンケアやドライヤーを済ませてリビングに戻ると、先に全てを終えた彩ちゃんがソファの上ですやすやとしていた。え、こんな日にも寝落ちできるの?私はさっきからずっと身体が熱くてドキドキして眠気どころじゃないのに。彩ちゃんにとってはその程度の出来事なのかな、と少し心がちくりとする。
でもそういえば、もともとこの人はさっきご飯を食べながらうとうとしていたんだものな、と思い出し彩ちゃんにタオルケットをかけてあげる。



「かわい………」


この人が、私の彼女なんだ。無防備に寝息を立てて眠る姿が愛しくてたまらない。さっき貰ったのに、もう彼女の唇に触れたくなる。だって、ずっとずっと欲しかった人だ。私なんかが欲しがることさえ、おこがましいと思っていた。
それなのに、




『私も夢莉が好き。大好き』



さっきの彩ちゃんの甘い言葉が頭の中でリフレインされる。夢なんかじゃない、今日からこの人は私の恋人。





なんてことを悶々と考えながら彩ちゃんの傍に立ち尽くしていたら、彩ちゃんが猫みたいに目を擦る。

『ん…夢莉?お風呂あがったん?』
「あ…うん、ごめんね、起こしたね」
『ううん、一緒に寝たくて待っててん』
「寝ちゃってましたけど」
『だから起きたやん』
「…ありがと。あっちで寝ましょう?」



頑張って平静を保とうと会話をしてみたものの、「一緒に寝たくて待っててん」って何?それで寝ちゃってるのも含めて、全てが可愛すぎる。何だこの人。それより、恋人っていうのは、そういう好きな気持ちがだだ漏れみたいな言葉を何も気にせずに言っていいんだ。そして、言われるんだ。何だそれ。最高か。太田夢莉18歳、好きな人と両想いの幸せを、初めて知る。





彩ちゃんの寝室のベッドはもともとセミダブルで、少し大きめだった。もちろん今まで何度かお泊まりはしていたけれど、それはあくまでも先輩と後輩の関係で同じ布団に入っていたわけであって。でも今から入るこのベッドは恋人の隣になるわけで。昨日までのそことは急に違った意味を持った気がして私はまた混乱して、隣に身体を滑り込ますのが躊躇われた。


「失礼します…」
『何やねん、それ』
「いやだってさ…緊張しちゃう、やばい」
『何でよ、今までも一緒に寝てたやん』
「だってそれは違うじゃん」
『何が違うん?』
「………恋人の隣で初めて寝る時に緊張しない男なんているの?!」
『いや男ちゃうけどな。なに、夢莉、何考えてんねん』




彩ちゃんがまた面白がって笑う。彩ちゃんはいつも通りだな、と自分が情けなくなってくる。彩ちゃんは、私が後輩であっても、恋人になっても、あまり変わらないのかな。私ばかり動揺して、緊張して、心が動かされている気がしてしまう。薄々分かってはいたけど自分の方がきっと気持ちの量が大きくて、そんな憶測に胸が少しひりつく。


ちょっとだけ自分の顔に落としてしまった影に、人の些細な機微を見逃さない彩ちゃんが、優しい声で私の手を引いた。


「おいで、夢莉。一緒に寝よ」
『うん』



布団の中に入ると、取られていた手を彩ちゃんの左胸に当てられた。

「…?!彩ちゃ、それはまだちょっと…」
『いや、分かる?私だって緊張してんねんで』
「え…」


彩ちゃんに押し当てられた私の手からは、確かに少し早めの鼓動が感じられた。


『でも、緊張より、嬉しいねん』
「彩ちゃん」
『私もずっと夢莉とこうしたかったから』



そう言って、彩ちゃんは私の唇にキスをした。彩ちゃんからされるキスで私の自信の無さなのか謙虚なのかよく分からない感情は吹き飛んで、ただ彼女が欲しいという気持ちに身体が包まれた。



「彩ちゃん、もっとしてもいい?」
『うん』



自分からまた彩ちゃんに唇を重ねる。仕方なんてよく分からないけれど、自分のそれが重ねたいがままに、彩ちゃんの唇のいろんなところに触れる。上唇とか、下唇とか、ぜんぶぜんぶ。唇を重ねながら、お互いの背中に腕を回す。愛しいってこういうことなんだ。彩ちゃんを抱き締めながら、時間の流れを忘れるくらい、求めて、求められる、そんなキスをした。




「……彩ちゃん、好きです」
『私も』
「ほんとに好き…」
『うん』
「好きすぎて、死んじゃう……」
『え?』
「刺激が強すぎて、もう無理」
『何やそれ』





一日で一気に関係性が変わり、彩ちゃんの唇を頂いて、彩ちゃんに唇を頂かれ、18歳の太田夢莉にはもう限界だった。




『……ちょっとずつな』
「うん、ごめんね………」
『いいの、そっちのがゆっくり楽しめるやん』
「何をですか……?」
『そういうこと』





彩ちゃんが隣でまたいたずらっぽく笑ってる。やっぱり彩ちゃんは私よりも大人で、先輩で。でも今日から、私の恋人。
少しずつ、私達らしく進んでいけたらいいな、なんてこれから始まる新しい関係に思いを馳せた。


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