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□スタンド・バイ・ミー
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ずっとずっと分からないままだ。





私には、あの人のことが分からない。グループのキャプテンで、大先輩で、アイドルとしてもスターで、そんなあの人が私のことを好きになるわけがない。




なんて、頭では分かっているのに。勘違いしてしまいたくなる。




『夢莉っ!なんで昨日先に帰ったん?』
「え、彩ちゃんいろんな人に囲まれてたから」
『待っててほしかってんけど。今日は握手会終わったら一緒に帰れる?』
「帰れます。待ってますね」




まただ。まるで少しでも私と一緒にいたいかのような顔をする。



昨日だって仕事終わりの劇場で、すぐに後輩に囲まれていたけれど、私だって一緒に帰りたくて、少しでも隣にいたくて、暫くは待っていた。でもようやく後輩がいなくなったと思ったら今度は大人たちに囲まれ、何だか難しそうな顔で真剣に話をしていた。そんな姿を見て、あぁやっぱり私とは少し違うステージに立っている人なのだよな、と思う。私なんかが容易く関わっていい人じゃない。だから、彩ちゃんに背を向けて一人帰路に着いた。一人での帰り道は余計長く感じる。おこがましいけれど、その背負っているものを少しでも軽く出来たらいいのにな、などとぼんやり考える。





『夢莉、終わったでー!帰ろ!』
「うん、どこかでご飯食べて帰る?」
『うーん、疲れたからなぁ。何か買ってうちで食べへん?』




私の家が難波から遠いこともあり、仕事終わりに彩ちゃんの家にお邪魔することも増えて、私のスウェットや歯ブラシまで置かせてもらうようになっていた。遠い遠い存在だと思っている彼女の空間に、自分の香りが少し割り込めている気がして優越感。そして、そんなことが出来ているのは私だけだから、客観的なその事実にも自分は彼女の特別な何かなのではないかと、自惚れてしまいたくなる。




グループのメンバーが、私との前での彩ちゃんは他の人といる時と違うなんて茶化してくるけれど、家での彩ちゃんは、外で見せる姿とまた違って、更に甘えん坊だし、寝落ちするし、控えめに言って隙だらけ。今日も。





「彩ちゃん、ご飯食べながら寝ないで。せめて食べきって。」
『もう今日は疲れたねん〜食べさせて、夢莉』
「えぇ…もう、今日だけですよ」



目を瞑ったまま口だけあーんと開けて差し出してくる。くそ、何のご褒美なんですか?こんな可愛い生き物、他にいるんですか?顎の黒子まで愛しい。これを無自覚にやっているから本当に恐ろしい。絶対に他の人に見せたくない。私だけの彩ちゃんの姿。





『ありがとぉ。ほんまに夢莉は優しいなぁ。』
「どんどん甘やかしちゃってますね」
『私に優しくしてくれるのは夢莉だけやねん』
「そんなことないですよね。みんな彩ちゃんのこと好きだから」
『んー、じゃあ優しくしてほしいのは、夢莉だけ』




私だけ、という言葉にどきりと心臓が跳ねる。まただ。またそういうこと言って、あなたの特別なんじゃないかと、心が勘違いをしそうになる。いい加減今日くらい、少し確かめさせてほしい。




「…それってどういうことですか?」
『別にそのままやけど』





分からない。この人の言葉は分からない。その言葉の裏に私のことを特別に思ってくれている気持ちがあるのか。真っ直ぐな人だから、言葉さえも表裏など無いのだろうか。ずっと、私は彼女の言葉と行動の意味を探している。






「……私は、彩ちゃんだからこんなに優しくしたい」
『夢莉は誰にでも優しいやん』
「そんなことないよ。彩ちゃんには何でもしてあげたい」
『ほんまに?ほんまに何でも?』
「うん。何でも」
『何でも叶えてくれるん?』
「彩ちゃんのためなら何でも」
『じゃあ、』





そう言ってぎゅっと手を握られた。




『夢莉とこうしたい、って言っても?』





急に重ねられた指先が、そこに全ての神経が集まるかのように熱を帯びた。そういう関係になりたいことを望んでいたのは紛れもなく自分の方で、寧ろ自分だけで、そう思っていた私は、目の前が真っ白になりそうだった。


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