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□愛なんていらない
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最初から、今まで、どこか、責任を感じていた。
夢莉を恋に落とした責任を。


初めは本当に、後輩として、年下の女の子としてただ可愛いなぁと思っただけだった。そうしてちょっかいをかけているうちに、いつもどこか誰にも開いていないようなその心の固い殻を、私が壊してあげることが出来たら、アイドルとしての成長の一助になるのでは、と自惚れながら思った。これはキャプテンとしての私に出来ることだ、なんて。


そんな想いから敢えて夢莉に近づいて、声をかけて、時間を共にしていく内に、私と似てる頑固なところ、すぐに強がるところや、弱さをあまり見せようとしないところ、それなのに人には優しすぎるくらい優しい彼女の姿を見つけて、惹かれていった。



どちらが先かなんて分からないけど、そんなに時間のかからない間に夢莉も私に恋に落ちていた。6個も下の女の子が自分に恋慕を抱いていることなど、「大人」である私はすぐに気付けることだった。
歳上として、グループのキャプテンとして、そこでくい止めることだって出来たはずだ。彼女のことを恋愛として好きで近づいた、なんて始まりではないのだから。頭では分かっていた。それでも、抗えないくらい、私も彼女に恋をしていた。




夢莉と恋人になってからの約三年間は、毎日の日々がずっとキラキラとしていた。愛おしくて守りたい存在の夢莉が、背伸びして私を守ろうだとか支えようだとかしてくれる、そんな姿がまた愛しくて。夢莉が私の守る場所であり、それは自分を守る場所でもあった。



隠さなくちゃいけない、ような生き方などしていない。偽りながら生きてく術など知りたくない。



そうだった、はずなのに。





27歳の誕生日を迎えた日から、少し経ったある夏の日。


『夢莉のこと好きやけど』
『私ももう27やし』
『一人の芸能人として、女として、いろいろ考えたら、もう恋人でいることはできんなって』


私は夢莉に別れを告げた。

「…好きなのに、別れないといけないの?」
『…うん。きっと一緒にい続けても、もっとお互いに苦しくなる時がくると思うねん』
「私は彩ちゃんと一緒にいない方が苦しい」
『…夢莉は、知らんやろ。私より良い人はいっぱいいるって、すぐに気付くと思う』
「何でそんなこと言うの…」
『私のためでもあるし、夢莉のためやねん』
『ずっと考えてきたことやから。』
『ほんまにごめんな。最後まで勝手で。』




夢莉はしばらく沈黙して俯いていたけれど、何を言ったところで私の決断は変わらないのだろうということを彼女は悟った。一度決めたら頑固な私を知りすぎていた。 




「分かったよ。」




そうぽつりと呟いて、私の部屋に置いてあった服なんかをリュックに詰め込み始めた。私はただその光景を見つめることしか出来ないくらい、身体が固まって動かなかった。





「じゃあ、今までありがとう」
「これからも、私は彩ちゃんを応援してる」
『ありがとう。身体に気をつけてな。』



夢莉は私の目も見ずに玄関をパタリと閉めた。きっと涙を見せないようにしたのだ。夢莉、最後まで優しかった夢莉。今でも愛おしすぎて、玄関でその場に泣き崩れた。もう二度と涼やかだけど暖かいあの子がこの部屋に来ることはないのか。あの優しい目で愛おしそうに見つめられ、優しい手で愛おしそうに触られることも。彼女は私との出会いで人として強く豊かになったといつか話してくれたけど、私は夢莉との出会いでより弱い人間になってしまったのかもしれない。明日から夢莉に会えない現実の中、私は今までの自分と同じように、頑張れるかな。





こんなにも想いがあるのに、どうして私は彼女と一緒にいる選択が出来ないのか。それは、私が、というよりも、夢莉の人生のためだ。夢莉は、私と恋人になってから、自分の性別に違和を感じる言葉をよく言うようになった。そして世の中の男女が当たり前にする結婚に対して、嫌悪の言葉をSNSで言ってみたり。子どもの頃から、性別に囚われたくないと思っていた、と彼女は何度も話していたけれど、私と恋仲になる前の彼女のアイドルとしての姿を見ると、本当に?私と出会ったからそんなことを思わせるようになってしまった?なんてことが、頭によぎらないわけはなかった。



小学生からアイドルグループに所属し、真摯に活動してきた夢莉は、恋人としての人間は私しか知らない。だから、私がいなくなれば、夢莉は「普通」の女の子のような恋を知るのではないか。それが出来るのならば、私と共にいるより良いのではないか。彼女を手放すことが、彼女の人生への責任の取り方なのではないか。



そう思ったのだ。昨今、多様性が謳われる声が高まる世の中ではあるけれど、夢莉と私の関係を世の中に公表できるほど、まだ世の多くの人々の意識は変わっていないのが現状だ。彼女のこれからや、そして彼女のご家族、のことまで考えると、私が夢莉をずっと傍に縛りつけることは、してはいけないと思ったのだ。三年の間に、こんな思いが沸いては、夢莉と一緒にいたい気持ちに負けて、決断が出来なかったけど。今日、やっと。






「夢莉っ………」



そうやって頭で自分の決断の正当性を唱えてはみても、涙は止まることを知らない。夢莉との柔らかで暖かいキラキラした日々が心に次々と思い浮かんで苦しい。大好きだったよ。ずっと一緒にいたかった。







数日、仕事から帰っては可愛くて愛しい存在がこの部屋にいないことに毎晩のように泣いたけれど、日常は続くし、夢莉がいなくても生きていかなければいけないことを理解した。恋人がいなくては生きていけないような自分にはなりたくなかった。何より、夢莉がくれたたくさんの言葉に恥じないような人間で在り続けなければいけない、そう思った。



恋人との別れなんて、すぐに忘れる、そんな程度のこと。いつも通り過ごしながら、一人、生きていくんだ。




精一杯の強がりを曲にした。






「もう一年経つんやなぁ…」


ふと、仕事終わりに珍しく橙色に染まった空を見て思った。

夢莉は、今、どうしてるだろうか。この一年、何度もスマホで彼女とのトーク画面を開いた。けれど、簡単に自分の決断に反することはしたくなかった。芸能人としての性質上、元気に生きているということは分かるので、それで充分だと思うようにした。





…恋人は、できただろうか。
もし彼女がもう少し大人になって、いろんな経験をして、たくさんの人との出会いがあった上で、それでも私と一緒にいたいなんて、いつか言ってくれる未来が、あったりはしないだろうか。



「…私のことなんか、もう忘れてるやろな」



それでも、もしそんな未来があったなら、今度こそ私は彼女と共に生きていきたい。


そんなことを未だ微かに思うくらいには、私は彼女を愛していた。今も、愛している。


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