いろんな世界
□はっぴーばれんたいん!
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『ハッピーバレンタイン!』
どうぞ〜と言いながら一人ひとりにかわいらしくラッピングされた小箱を渡して行くヒロイン。
それは性別関係なく配られ、女である私も今し方もらったばかりだ。
受け取った連中は揃いも揃ってだらしなく口元を緩め、大きな紙袋を引っ提げて、いつもありがとうございますと告げながら小箱を配ってまわるその小さな背中をみつめていた。
「何事だ?」
「シュウ、今帰ったの?」
「ああ」
任務に出ていたシュウが、小箱を片手にだらしない顔をしている同僚たちに目を向けながら疑問を口にする。
「あ!」
一通り配り終えたヒロインがシュウに気づいたようだ。
「赤井さん!おかえりなさい!
はい、これ。いつもありがとうございます」
と満面の笑みを浮かべて箱を差し出す。
その光景を見て、周りは不平を漏らした。
「なんでシュウのだけ大きいんだよ!」
「俺のが特別なんじゃないの!?」
「あれ?よく見りゃみんな違う…」
「でも大きいのはシュウだけだ!」
「あんた達、鈍いわねぇ。だってヒロインはシュウのこと…。ねえ?ヒロイン?」
「はい!同じ方もいらっしゃいますが、一応皆さんそれぞれの嗜好に合わせたつもりなので。
赤井さんのが大きいのは…、それは…」
「…すごい数だな」
ラッピングを剥がし、箱を開いたシュウが呟く。
中はひとくちサイズの瓶のような形のチョコがびっしりと並んでいた。
「赤井さんのは、ハイカカオのチョコで作った容器の中に水あめと合わせたウイスキーを入れたんですけど、それは赤井さん専用に作ったので、赤井さんだけたっぷりになってしまいました…。
私はお酒弱いので、余りを食べることもできなかったので…」
ヒロインのその発言で周りはさらに、シュウ専用とはどういうことだと不満が増す。
「…」
シュウは黙って手元のチョコを見つめている。
「え?シュウのだけが多い理由って、それだけ…?」
私はてっきりヒロインにとって、シュウは特別な存在なのではないかと勝手に思っていた。
普段のふたりを見ているとそう感じずにはいられなかったのは、私だけではなく、他の女性の同僚も同じだったから、度々ふたりのことは噂に上がっていたのだ。
私の問いかけにヒロインは照れ臭そうな笑みを浮かべながら
「はい!赤井さんは甘いの苦手そうだったので、どんなチョコにしようか試行錯誤しましたー」
がんばったと言わんばかりに、ふーっと息を吐きながら額を拭う仕草をする。
そんな私たちの会話を聞いていたのかいなかったのか、シュウはおもむろに見つめていたチョコをひとつ摘んで口に入れる。
「…うまい」
「え!うれしい!ありがとうございます!!」
苦労した甲斐がありましたぁと心底うれしそうに顔を綻ばせていることから、シュウのチョコが一番苦労したことが窺える。
「シュウ!俺にもひとつくれ!」
「たくさんあるんだからいいだろ?」
上がる同僚たちの声にシュウはやらんと答え、にまにまと笑っているヒロインの後ろ襟を掴み、何だ何だと騒ぎ立てるヒロインを半ば引き摺りながら部屋の出入り口に向かって歩き出す。
「先に上がる」
「え!私もですか!?」
抵抗し続けていたヒロインは何度かバランスを崩して転びそうになったため、ついには抵抗を止め完全に引き摺られた状態で声を上げる。
「ウイスキー入りのチョコを食べたからな。
このまま運転して帰れば飲酒運転になってしまう。責任を持って送ってくれ」
「今勝手に食べたのは赤井さんの意思ですよね!?
ジョディさん!助けて!」
と声を掛けられるが、こうなったシュウは聞かないことも知っている私はヒロインに苦笑を送ることしかできなかった。
どうやら特別に想っているのはシュウの方のようだ。
尚も近くに見えた人物の名を呼び、助けを求め騒ぐヒロインに、シュウは遂に足を止めた。
体勢を持ち直したヒロインは、開放してもらえるのかと期待した眼差しで頭ひとつ分程上にあるシュウの顔を見上げていた。
するとシュウは身を屈め、その額にキスを落とした。
「!!」
ぼんっと音がしそうな程の勢いで顔を真っ赤に染め、反射的にキスをされた額を抑えた形でヒロインは固まってしまった。
そんなヒロインをシュウは都合がいいと言わんばかりに横向きに抱き上げ、上がる同僚たちの非難の声をものともせず、部屋を後にした。
遠くで我にかえったヒロインの悲鳴が聞こえてきたのは言うまでもない。