明日への扉
□22話
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「ヒロインさん?どうかしましたか?
私の顔に何かついてます?」
『…あ、いえ…。ごめんなさい…』
あの日から、私はどうかしてしまったようだ…。
昴さんがたばこを吸う仕草を見る度、昴さんがソファで足を組み、新聞や本を読んでいる姿を見る度、赤井さんの姿が重なることがある。
これまでもたばこを吸う仕草は、恐らくその匂いも相まってそう見えることもあったが…、昴さんに名前だけで呼ばれたあの日から、その回数も、その機会も増え、些細な仕草までも、赤井さんの姿が重なってしまう。
私の目はどうかしてしまったのだろうか…。
いや、目だけではない。
どうやら耳までもおかしいようだ。
あの日以来気づいたことだが、昴さんと赤井さんは口癖や些細な言い回し、口調やニュアンスが似ているときがある。
特に、基本的には丁寧語の昴さんが、タメ口になったときにそう思う。
私は、そんなに赤井さんに会いたいのだろうか…。
まあ、それはきっと…、ううん、間違いない。
でも、きっと…、いや、確かに、赤井さんと昴さんは似ている気がする。雰囲気というか、空気感というか…。
とにかく、上手く説明はできないが…、見た目ではない、何かが…。
あのニュースの遺体の身元は未だに不明のままだが、車はきっと赤井さんのものだったのだろう。あの場に、このライターが落ちていたのだから。
でも、遺体の身元が確定されていないことから、あの遺体の正体は、もしかしたら、偶然赤井さんの車を借りた人がいて、その人だった可能性も…、或いは、同乗者がいて、その人という可能性もある。
もし、赤井さんが生きているのなら、赤井さんは今どこで何をしているのだろう…。
記憶を取り戻した後、赤井さんの携帯を何度か鳴らしたこともある。
決まって“現在使われておりません”のアナウンスだが。
無意識に見つめていた昴さんから目を逸らし、そんなことを考えながらスマホの発着信履歴を見つめていた。
ーーブーッブーッ
マナーモードになっている、手元のスマホが震え出し、着信通知の画面に切り替わる。
相手は以前赤井さんも住んでいた、あのアパートの大家さんだ。
何かあったのだろうか?
そんなことを考えながら通話をタップする。
『もしもし…?』
「あ、もしもしヒロインちゃん?
ひさしぶり!元気にしてる?」
『はい。元気にしてますよ!』
「元気そうでよかった!
あのね、ヒロインちゃんから合鍵を返してもらうのを私もすっかり忘れてたんだけど…。まあ、うちは退居があれば鍵はその都度作り替えるから別に問題はないんだけどね、今、その合鍵を預かったから知らせとこうと思って…」
『…え?』
私がたったひとつの合鍵を渡した人は、たったひとりしかいない。
そしてその鍵はもう返ってくることはないと思っていた。
“まさかお隣さんに渡していたなんてねー、そんな仲だんてねー!”なんて続けている大家さんの声を遮って私は震える声を絞り出す。
『…お隣さんが!?』
「ううん。初老の男性で、眼鏡を掛けて口髭を生やしてたわよ?〇〇さんの隣に住んでいた人の知り合いだって言ってたわよ?
鍵の返却を頼まれてたのを、今まで忘れていて、ふと思い出して慌てて来たんだって。
なんでも、彼は今海外に長期出張中で、それも急に決まったことだから、退去手続きや引っ越しも職場の同僚に頼んでた…」
『すぐ行きます!!』
まだ話している途中の大家さんの声を遮り、電話を切るやいなや私は駆け出していた。背中に不思議そうな声で私の名前を呼ぶ昴さんの声を受けたが、今は説明する間が惜しかったため、ちょっと出てきます!とだけ、駆け出しながら返した。
右手にスマホだけを握りしめ、そう遠くない、前のアパートまで走る。
いろいろなことが頭に浮かぶ。
その男性は一体どちらの知り合いなのだろう…。
契約者という、キャメルという人か、実際にあそこに住んでいた赤井さんか…。
それに、鍵を預かったのはいつのことなのだろうか…。
赤井さんが引っ越すより前なのか、つい最近なのか…。
出張中とは、彼が生きているということなのか、それとも亡くなったことを知らないだけなのか…。
…いずれにしても、その人に会えば、きっと何かが分かる。
『大家さん!』
「ヒロインちゃん!」
『その人は、どちらに行かれましたか!?』
「この道をまっすぐ行って、突き当たりを右に曲がったわよ。
申し訳ないけど、それから先はわからないわ…」
『探してみる!ありがとう!』
そのまま駆け抜け、突き当たりまで走る。
右を見ても人影はない。左側を振り返るがそちらも人影がない。
私は右側に再び走り出した。後は勘を頼りに道を選び、大家さんに聞いた特徴の人を探して走り回った。