いろんな世界

□雨
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『あー、びしょ濡れ!』

仕事の帰り道、急に振られたバケツをひっくり返したような雨。折り畳み傘は持っているが、広げる余裕もないくらいに勢いよく降り始め、激しさを増す。

私はろくに前も見ず、無我夢中で雨宿りができそうな場所を走りながら探した。

ーーあった!とりあえずこの軒下で雨宿りさせてもらおう

軒下に入り、結っていた髪を解き、バックから取り出したタオルで髪の水分を拭き取り、続いて顔を押さえるように拭いていく。

ある程度身だしなみを整えたところで、改めて辺りを見渡す。
どうやら狭い路地裏に入ってきてしまったようだ。
人通りは無く、厚い雨雲も加勢してか、昼間だというのに薄暗い。

地面に打ち付けられた雨水が飛沫となって再び空中を舞い、霧がかかったようになっている。

もう少し雨の勢いが弱まらなければ、小さな折り畳み傘は、あまり役に立たないだろう。
急ぐ用事も無いため、もう少し雨が弱まるまで、しばらくここで雨宿りをすることにした。

ふと目を向けた先に壁にもたれるように存在する、黒い塊に目を奪われる。
薄暗さの中、激しい雨に打たれていた“それ”は、路地に放り出されたゴミのようにも見えるが、なぜだか“それ”から目が離せなかった。

“それ”が何なのか気になり、折り畳み傘を差して、その黒い物体の下へおそるおそる向かう。やはり、小さな折り畳み傘では、激しい雨水を凌げず、足は濡れてしまうが、そんなことも気にならないくらい、吸い寄せられるように歩を進めていた。

近づくにつれて“それ”は結構大きい物だということがわかった。

“それ”まであと数歩というところで、ゴミでは無い事を確信する。

これは………人…?

全身黒い服に身を包んだ人が壁にもたれるように蹲っていた。頭にはニット帽を被っている。体格から男性だろうか…?

人と思った瞬間、私の足は勝手に駆け出し、溜まった雨水をその人に掛けてしまわないように駆け寄った。持っていた傘をこれ以上濡れてしまわないように、その人に差しながら声を掛けた。

『だ、大丈夫ですか!?』

その人の向かいにしゃがみ込み、様子を伺う。

こんなところで雨に打たれてながら蹲っているなんて、ただ事じゃないと何となくそう思った。

私の身体を激しい雨が打ちつけるが、全く気にならないくらい必死でその人の些細な反応も見逃さないように見つめていた。

が、思いの外その人ははっきりと反応を見せた。私の問いかけに勢いよく顔を上げその人は

「消えろ!!」

切れ長の目で、射抜くように睨みながら吠えるように声を張り上げる。

まさかの反応と、その目つきの鋭さに一瞬たじろぎ、目線を自身の足下に落としたとき、自分達の足下を流れる雨に赤が混じっていることに気がつく。

『…っ!どこか怪我を!?』

もちろん私からの流血ではない。となると、出血元は目の前のこの人の他にない。
消えろと言われたことも忘れ、夢中で傷口を目で探しまわる。

「今すぐにこのエリアから消えろと言っている!!」

と威嚇するように言われるも、こうなった私の耳には入らない。
すると右下腿のズボンの右端が不自然に破れているのに気づく。どうやらそこが出血元のようだ。

私は手にしていた傘をその人の肩に掛け、傷口を押さえやすいようにその人の右膝をゆっくりと支えながら内側に倒す。持っていたハンカチをバックから取り出し、傷口に当て、両手できつく押さえる。

「…っ!」

一瞬顔を顰める。
私は傷口に目線を落としたまま

『痛みますよね、しばらく安静にしてから病院に…』

バシャン…!!

行きましょうと言う言葉は最後まで言わせてもらえなかった。目の前の人に後ろに突き飛ばされたからだ。
バランスを崩した私はとっさに後ろ手を付き、そのまま後ろに倒れることは避けられた。
ハンカチは未だにぽつんとその人の足に乗っている。

そのハンカチを自らの手で押さえ、

「すまない。これは貰っておく」

だからもう関わるなと言うような鋭い目で私を見る。
未だに突き飛ばされた事に驚き、間抜けな表情を浮かべているであろう私に、再び突き放すように言われた、去れ!!という言葉に我に返ったように私は駆け出した。



雨はまだ強く降りしきる。




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