いろんな世界

□涙と笑顔
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『秀一…』

誰も居ない部屋でひとり、恋人の名前を呟き、耐えきれなかった涙が頬を伝う。

私はここ数日ずっとこうしている。仕事から帰って、軽く家の事をして、ご飯を作って食べて、ひと通り済んで落ち着くと、不安、心配、寂しさ色んな感情が押し寄せ涙が溢れる。



秀一は付き合う前から仕事のためなかなか会えず、連絡もつかない人だった。
それもわかってて私は秀一からの交際の申し込みを受けた。一緒に居られる時間を少しでも共有し、支えになりたいと思ったから。


私は秀一の仕事のことはよく知らない。彼から話さないから敢えてこちらからも聞くことはしなかった。
聞かれていい話しなら向こうから話してくれるだろうが、一切話してこないところからあまり聞かれたくないのだろうと解釈し、触れずにいた。

…でもなんとなく危険な仕事であるんだろうと思ってはいた。
腕や足、顔に打撲痕や擦り傷、切り傷を作って帰って来たこともあったし、時には肋骨を折るような大きな怪我をして帰ってきたこともあった。

次にいつ帰って来れるのかはいつもわからず、今回も例の如くいつ帰れるかわからないと残して出ていったきりもう半年も帰ってきていない。


1ヶ月くらいなら会えないことにも慣れ…てはいないけど、当たり前のようになってきていた。
またに3ヶ月帰らないこともあったから、3ヶ月まではなんとか心は保っていられた。

でも4ヶ月が過ぎたころ、私の心は揺れ、涙腺は抑えが効かなくなった。
頭を過ぎる傷のことや、危険な仕事なのではないかという憶測や嫌な予感。こんなに帰って来なかったことは初めてで、彼の身に何かあったのではないかと不安に苛まれては涙が溢れる。

ただ待つことしか出来ない自分に無力さを感じ嫌気が差す。

先月まで我慢していた連絡も数日に一度の頻度でしてみるけど、やっぱり何も返って来ないまま1ヶ月が過ぎた。



泣かずに待つ。
いつ帰って来るかわからないからこそ、帰って来た時は笑顔で迎えるために、泣かないと決めていたけど…限界だった。
涙をごまかすためお風呂に入る。


お風呂から出てリビングに戻る。やっぱり誰もいない光景に落胆し、お風呂で落ち着かせたはずの涙が再び溢れそうになる。無意識に彼の名前を呟いていた。

「ヒロイン」
すると背後からずっと会いたかった彼の声。ぱっと振り返り彼の姿を瞳に映す。

『秀一…』
たまらず彼の胸に飛び込んだ。嬉しさと安心感で、更に溢れ出す涙。

「ヒロイン。泣いていたのか?」

私は秀一の腕の中で俯いたまま首を横に振る。
ふっと笑い、わかっていると言わんばかりに頭をぽんぽんと撫ぜる秀一。

ふーっと息をつき、溢れている涙もそのままに顔を上げ、秀一の目を見て満面の笑みで

『おかえり!秀一!』

「ああ。ただいまヒロイン」

言いながら優しい手つきで私の涙を拭う秀一。
たまらなく愛しい気持ちが溢れてくる。不器用だけど、優しい秀一。無事に帰って来てくれて本当によかった。

「ヒロイン、すまな…」

『秀一!だーいすき!!』
再び秀一の胸に顔を埋めながら愛を言葉にする。

秀一は悪くない。私が勝手に泣いたの。だからどうか謝らないで。
そんな想いで秀一の謝罪の言葉を遮り、溢れる気持ちを言葉にした。


「ヒロイン。愛してる」

その言葉にばっと顔を上げ、秀一を見上げると、きっと真っ赤になっているからであろう、私の顔を見てふっと笑う秀一は、私のその行動を読んでいたかのように唇にキスを落とした。

「…茹でだこみたいだな」

顔を離し、私の顔をまじまじと見ながらそう言い、くつくつと笑い出す。

『意地悪……ふふっ』

軽く睨み返すも、秀一の笑顔がうれしくて、つられて私も笑みが溢れる。


ーー秀一。許される限り私はこれからもあなたを待ち続ける。もう大丈夫。でも時々の涙は許してね?






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