明日への扉
□18話
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ザザー
『すごーい!!
新一、お兄さんホントに涙の跡がついてる!』
「だろ?
だから、お兄さんはピエロだ!!
違いますか?」
「っふ、はっはっはっはっは!」
『?』
「いや、すまない。
確かに俺は、3つの国を渡っているが、サーカスの団員ではない」
「え?そうなの?」
『え!?違うの!?』
「でないと旅行好きの人はみんなサーカスの団員になってしまうだろう?」
「あ、そっか…」
「このアコーディオンの痣に気づいたのは良かったが、これは酒場で客にリクエストされた曲を伴奏するときにできた痣。バイトにしてはいい金になる。
そして、左目のこれは涙の化粧ではなく、さっき乱暴な母につけられた痣。
それで?君は何者なんだい?」
「ボ、ボクは工藤新一。
シャ…シャーロック・ホームズの弟子だ!!
こっちは相棒の…」
「あー!新一!ヒロイン!こんなところにいた!」
『「蘭」』
「お母さんが探してたよ!
またホームズごっこしてたんでしょ!?」
「ご、…ごっこじゃねぇよ…。名探偵になるための修行だ!」
「でもほどほどにしとかないと、そのうちひどい目にあうよ?さっきのお兄さんたち、すっごく怒ってたし…」
「怒らせとけよ、あんな奴ら」
『そうだよ。悪いのはあの人達なんだから…わっ!?』
突如ぐいっと後ろに羽織っていたパーカーの襟元が引かれ、体が浮き、みるみる足が砂浜から離れてゆく。
「「ヒロイン!?」」
『離して!!』
できる限り振り返り、襟元を引っ張っている人物を確認しようとするも、犯人は見えず、じたばたと暴れるが、開放される気配はない。
「小僧、やっと見つけたぞ。
さっきはよくも恥をかかせてくれたなあ」
そう言いながら金髪の男がボキボキと指の関節を鳴らしながら、新一に詰め寄る背中を、どきどきしながら見ていた。
ーー新一、無茶しないで!
「あれはおめぇらが悪いんだよ。ほとんど食べ終わった焼きそばにハエを入れて、大騒ぎしてお金を払わずに帰ろうとしたから!
それよりヒロインは関係ねぇだろ!ヒロインを離せ!!」
「おめぇがチクんなきゃバレなかったんだよ!」
金髪の男が新一の頭をぐりぐりと乱暴に撫でながら言うが、新一は動じることなく男たちを見据えている。
「それにさっき、このガキも一緒に…」
シュッ!!
鋭く風を切るような音がしたと思えば、金髪の男に対し、構えているキャップのお兄さん。
『「!?」』
「ん?」
「悪いが、このボウヤとその少女は俺の連れでね。ボウヤ達に話があるのなら、俺を通してからにしてくれ。
…まあ、両目を抉られた後でいいなら、いくらでも話を聞くぞ」
「し、失礼しましたあぁぁぁ!!」
『…え…?』
情けない声と共に駆け出す男たちに、その瞬間投げ飛ばされた体が宙に放り出される。
『きゃー!!』
落ちる感覚に襲われ、込み上げるまま悲鳴をあげる。
トッ…
衝撃に怯え、身を縮めて目を硬く瞑っていたが、背中と膝の裏にほんの小さな衝撃を受けたような気がするのと同時に、落ちる感覚が止んだことに、状況を確認しようと恐る恐る目を開ける。
真っ先に目に飛び込んだのは、切長の目。きれいな緑色の瞳だった。
ほっとした瞬間、視界いっぱいに広がるお兄さんの顔とその後ろに見える青空に気づく。
背中や膝裏が支えられているような感覚に、お兄さんがあたしを抱き留めてくれたのだと理解した。
「大丈夫か?」
『うん!大丈夫。ありがとう、お兄さん!』
満面の笑みを向ければ、キャップのお兄さんはふっと口角を上げ、そっと砂浜に下ろしてくれる。
「ヒロイン!!大丈夫か!?」
「ヒロイン!!大丈夫!?」
声を揃えて心配してくれる蘭と新一に笑顔で頷くと、安心したようにふたり揃ってよかったと息を吐く。
そして、蘭はお兄さんに向き直った。
「お兄さん、すごーい!さっきの技ってなに!?」
「フィンガージャブ。日本で言う目潰しだ。
ジークンドーの技のひとつだよ」
「へぇー!」
キャップのお兄さんは軽く構えて見せる。お兄さんの説明に蘭は感嘆の声を上げた。
その横で、八重歯の女の子がきらきらした目でお兄さんを見つめていた。
すると、急に頭に重力を感じて可能な限り頭上を見上げると、キャップのお兄さんがすぐ側に立っていた。
「ボウヤ達、すまんが妹の相手をしてやってくれないか?
どうやら妹は友達が欲しいらしい」
「いいけど…」
「うん!」
『いいよっ!いっしょにあそぼう!』
あたしは女の子に駆け寄り、その手を握った。
ーーギュルルルルル
ーーガシャン!!
「「「「「『?』」」」」」
ーードボーン!!
『え!?』
大きな衝撃音に振り返ると、大きな音と共に大きな水柱が上がっていた。
その瞬間キャップのお兄さんが駆け出す。新一と同時にあたしも駆け出してお兄さんを追いかけていた。
お兄さんが海から体格のいい男の人を連れて上がってきた。
ゆっくりとふたりに近づいてゆく新一の後に、あたしはお兄さんが海に入っている間に取ってきたタオルを抱きしめたまま続いた。
「ねぇ…その人助かるの…?」
「その可能性はもうない」
「そのバッグは?」
「この男が何者かを探るための手掛かりさ。
それより君に頼みがある。海の家で水着とかを売っているコーナーがあっただろう?
そこへ行って車が落ちた後、ずぶ濡れで水着やTシャツやビーチサンダルとかを買いに来た客がいないかを聞いてくれ。
どうやら車にはもうひとり乗っていて、車から抜け出し、海水浴客に紛れ込んでいるようだ。
どうだ?できるか?ホームズの弟子君?」
「うん。もちろん。
はい、これ。ヒロイン、行こう!」
『うん。
お兄さん、これでよく体を拭いてね』
とにこりと笑いかけると、ありがとうとお兄さんは笑みを返してくれた。
あたしはどういたしましてと手を振りながら、新一の後を走って追いかけた。
「ねぇ、覚えてない!?ついさっきTシャツとかを買いにきた人!
車が海にドボーンて落ちた後でさ!」
「さあ?2、3人いたと思うけど、顔まではわからないなぁ」
『髪までぐっしょり濡れてた人はいなかった?』
「そりゃぁみんな濡れてるよ。海水浴に来てんだから」
「3人いたと思うよ」
「『え?』」
お店のお兄さんではない声がして、そちらを振り返る。
「暫くこの店で、このTシャツを買おうかどうか、迷ってたから」
「『ほ、ほんと?』」
「僕、将棋をやっててさ、覚えるの得意だから」
『わあ、すごーい!ありがとう!』
そう言って眼鏡を掛けるお兄さんに、あたしは手をぱんっと合わせてお礼を言った。
その後、新一の後ろに隠れるように見守っていた事件は、キャップのお兄さんによって犯人も謎も明かされたため、無事に解決した。
「秀一、もう気が済んだでしょう?帰るわよ」
その声かけに、ああと返事をしてお兄さん達はこちらに背を向けて歩き出す。
『ま、待って!お兄さん!!』
あたしは隠れていた新一の背中から慌てて飛び出し、遠ざかってゆくその背中を追いかけた。
「どうかしたのか?」
こちらを振り返り、追いついたあたしに屈んで目線を合わせてくれるキャップのお兄さん。
あたしは自分の首の後ろに手を回し、付けていたペンダントを外してお兄さんに差し出した。リングのペンダントトップがきらりと陽の光を反射する。
『これ、今日助けてもらったお礼に。
本当にありがとう』
「いいのか?」
『うん!お守りの代わり!』
あたしはそう言って、一度ペンダントを胸元に寄せ、ぎゅっと握りしめて願いを込めた。これからはお兄さんのことを守ってくれますようにと。
「ありがとう。大切にするよ」
改めて差し出されたペンダントを左手で受け取り、ぽんと空いた右手をあたしの頭に置き、微笑むとお兄さんはすぐに立ち上がる。
早速ペンダントを身につけて、どうだ?と聞くお兄さんに、よく似合ってるよとうれしさに溢れる笑みを堪えずに応えた。
あたしには長めだったチェーンも、お兄さんにはちょうどいい長さだった。
もう一度あたしの頭をぽんと撫ぜた後、お兄さんは踵を返してじゃあなと歩みを進めて行ってしまった。
『お兄さん、ありがとうー!!』
あたしはその背中に叫んだ。お兄さんはあたしの声に応えるようにひらりと左手を挙げた。