明日への扉
□16話
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おっちゃんの話しによればこうだ。
ヒロインは今朝、オレや蘭を見送った後、事務所に戻ったところ、点いていたテレビの来葉峠のニュースに釘付けになり、慌てたように家を飛び出して行った。
戻って来たヒロインにどうしたのか聞いても、急用を思い出したとはぐらかされ、どこに行ってきたのかもそれ以上は聞けなかったそうだ。
そして、いつものようにヒロインが作った昼食をふたりで取り、片付けと掃除を終えたヒロインは、いつから持っていたのか、ジッポライターを眺めている時に意識を失ったと言っていた。
そのライターは意識を失った後もきつく握りしめられていて、検査の為に取るのに苦労したらしい。
「おじさん、そのライター、ちょっと見せて」
おっちゃんから受け取った少し焦げ付いたライターは特にデザインの無い無地のジッポライター、底面には人の手で刻まれた様なS.Aの文字がある。
ーー…これは、イニシャルか?
「そのライター、前にヒロインがある人のお礼に渡すって買ってた物かな?
でも買った時は、このイニシャルみたいなのはなかった気がするけど…」
ライターを見ていると、蘭が横から身を屈めてライターを覗き込む。
「蘭姉ちゃん、知ってるの!?」
「うん。ヒロインがこれを買うとき、一緒にいたから」
「ある人って、誰のこと!?」
「私も詳しくは知らないんだけどね、その人はご近所さんで、訳あって夕飯を一緒に食べてもらってるって言ってたよ。
特徴は確か…
ニット帽をよく被ってる、ちょっと顔色の悪いヘビースモーカーの男の人って言ってたかな…」
ーー!!
まさか!ヒロインが夕飯を共にしていた男の人って…!!
おっちゃんの証言、蘭の今の話し…。
そしてこのライターに刻まれた文字がイニシャルだとしたら…!!
ヒロインが夕飯を共にしていた男性は…
赤井さん!!
「検査の結果、脳や身体に異常はありませんでした。
おそらく、そのライターを見たとき、ヒロインさんに強いショックやストレスがかかったのでしょう。
まだしばらくは、そのライターはヒロインさんには見せない方がいいでしょう。おそらく、そのライターが気を失ったきっかけでしょうから」
「そうですな」
医師に状況を説明し、診察や検査の結果を聞いたオレ達は診察室を後にし、ヒロインの眠っている病室に向かっていた。
ーーヒロインが来葉峠のニュース、このライターを見て、倒れる程のショックを受けたと言うことは…
…おそらくヒロインは赤井さんのことを……
コンコン…
「ヒロイン、入るぞ」
おっちゃんが目覚めているかはわからないヒロインに声を掛けながら病室の扉を開ける。
ベッドに横たわっているヒロインに静かに歩み寄り、ヒロインの顔を覗き込むと、まだ眠っているようだった。
オレ達は3人、しばらくヒロインの様子を静かに見守っていた。
30分くらい経ったとき、不意に蘭が声を上げた。
「ヒロイン!気がついた!
私、先生を呼んでくる!」
と蘭は病室を飛び出した。
「ヒロイン!大丈夫か?」
すかさずおっちゃんが声を掛ける。
「ヒロイン姉ちゃん、大丈夫?」
おっちゃんを見上げていたヒロインの目が声を掛けたオレをとらえる。
オレはその目に微かに違和感を覚えた。
ヒロインはまるでオレ達をよく見ようとしているかのように、上体をゆっくりと起こす。
「……ヒロイン…姉ちゃん…?」
「ごめんなさい。あなた達は…誰?」
ーーなっ!!
「お、おいヒロイン、俺だよ、毛利小五郎!
おじさんていつも呼んでたじゃねぇか!」
「ボ、ボクだよ、江戸川コナン!」
動揺して、声が震える。
名乗っても、ヒロインの表情は困惑の色を増すばかりだった。
脳裏を過ぎる嫌な予感に、握りしめた両手が汗ばむ。
ーーガラッ
その時、病室の扉が開いた。
「先生、呼んできたよ!」
医師の手を引いて飛び込んできた蘭に目もくれず、オレを見つめたままゆっくりと口を開くヒロインの言葉を待った。
「…コナン……君…?
…ごめんなさい…。わからない…」
申し訳なさそうに目を伏せ、左右に首を振るヒロイン。
オレの背中を嫌な汗が伝った。
「ヒロイン…?」
蘭もその違和感を瞬時に理解したようで、ヒロインに声を掛ける。
呼び掛けられ、申し訳なさそうに眉根を寄せたヒロインは僅かに首を傾げ、目を伏せた。
「…私、あなたの幼なじみの毛利蘭って言うの。よろしくね」
と蘭が笑ってみせると、ヒロインはいつもの人懐っこい笑顔になる。
「…蘭…ちゃん…。よろしくね!」
「失礼します」
ヒロインと蘭のやり取りを見ていた医師が間に入り、問診をはじめた。
「…どうやら主に、人に関する記憶を失くしているようですね。
自分の名前、物の名前や使い方、計算などは問題ないようです」
「戻るんですか!?」
「…正直に申しますと、分かりません。
しかし、戻る可能性も十分あります。
あと2、3日入院して、様子を見ましょう」
「よろしくお願いします」
病室を出で行く医師と看護師を見送り、頭を下げると、オレはヒロインに歩み寄る。
「ボク、江戸川コナンって言うんだ。
よろしくね、ヒロイン姉ちゃん!」
すると、ぼーっとしていた顔を途端にうれしそうに綻ばせる。
「よろしくね、コナン君」
どうやら、その人懐っこい性格は変わっていないようで、その笑顔に少しほっとした。